「炎の記憶」22
通信は途絶えたようだ。通常のパスワード入力画面に切り替わり、護は再び一人取り残されてしまう。しかし脱出方法が分かったからか、少なからず希望が生まれた。
意を決して外へ。何か武器になりそうな物を持って行こうかとも思ったのだが、周りにあるのはただの掃除用具。これらが自分の身を守ってくれるとは到底思えず、諦めた――そもそも扱える自信がないというのは伏せておこう――。
辺りに怪物の姿は見えない。今が好機なのか。息を吐き、走る。時折響く爆音に身を隠したくなるが、それでも護は振り向こうともせずただひたすらに前を向いて目的の場所へ。走っている間に感じるのは熱風。それがどういう状況で起こされているのか考えたくも無いが、明らかに故意的に起こされているものだろう。怪物たちの仕業なのか、それともまた別の何かなのか。
(でも、逃げ切れれば……!)
自分には特別何が出来る訳でもない。迷惑を掛けない内に指定されたポイントに到着してこの空間から脱出してしまうのが一番だ。
蝕に見付かる事もなく一心不乱に走り続けた結果、ゴール地点はもう目と鼻の先。意識してしまったせいかここに来て急激に疲労感が襲って来る。そんな時だ。先程よりも強烈な風が吹いたのは。
「っと……」
只でさえ軽い護はその強風に煽られてよろけてしまう。建物の外壁に手を沿え、一歩ずつ。残り数十メートルと言った所だろうか。出口と思しき箇所にはうっすらと亀裂が見て取れる。
「紅野くん!」
「あ、会長……」
風と揺れに耐えながら進んでいると、前方から声を掛けられた。聖羅だ。長い髪を靡かせながらもこの天変地異のような状況に屈する事なく立っている。多少制服に汚れが見えるのは戦闘の名残か。
「まさか中に居るだなんて……どうしてここに?」
「気付いたら周りに誰も居なくて……たまたま武蔵さんと連絡が取れたのでどうにか逃げてきました」
「またあの人勝手に……!」
そう言いながら額に手を当てる。仕組まれた、とは考えたくも無いがもしかしたらそういう可能性もあるのではないだろうかと人を疑わない護ですらそう思ってしまう。
「それはあとで追究するとして……今はここから出ないと」
「あの、蝕の方は良いんですか……?」
「ああそっちは粗方片付いたからそろそろこの空間自体も――」
言いかけて、止まる。次の行動は護の制服の襟を掴み凄まじい力で地面へと引き付けた。勿論そのまま地面に衝突させる事はなかったが。驚きで声も出ない護は目を丸くする。しゃがんだせいで聖羅の白い太腿が近くなったが、それを気にするよりも先、鈍重な破砕音。遅れて頭上を通り過ぎた影。
奥の建物には何かが張り付いたように皹が走っている。割れた硝子、砕けたコンクリート。その中心には――