「壊れた歯車」09
「詳しい話を聞きたいなら、付いて来て」
その言葉に一瞬戸惑った。しかし、彼女が青髪を翻して教室を去ろうとした時だ。断る、という選択肢も勿論頭にあった。だがその選択肢は粉々に打ち砕かれる。護にしてみれば全てをひっくり返すような衝撃的な言葉で。
「そう言えば……昨日はあなたのご両親の命日だったみたいね。……君のご両親のこと、真実を知りたくない?」
「……!?」
「言っておくけど、単なる事故ではないから」
「会長……いや、セラ。そのぐらいにしておけ。あまり急にショックを与えてやるな。君のように心の強い人間ばかりじゃない」
大和が見かねて声を掛けたが、聖羅は止まらない。護にどんどん衝撃を与えていく。そこにはどのような狙いがあるのか。
「あの日、何が起きていたのか。どんな最後を迎えたのか、知りたくならない?」
「おい、いい加減に――」
「……知りたい、です」
座っていた椅子を乱暴に弾き飛ばし、聖羅の腕を掴みに掛かる大和。その険悪な雰囲気を断ち切るように発せられたのは護の返答。
「もし、もし……ですよ? 会長の言うことが本当なら僕には、知る権利があります。家族のことですし」
言葉を選び、確かめるように紡ぐ。自分でも驚く程滑らかに。会って間もない他人に本心を晒したのは始めてかもしれない。だが、それでも何かを知っているのなら聞くべきである。一体何故彼女がそのような事を知っているのかも。だからこそ逃げない。立ち向かう。
「この雰囲気だからと無理をする必要は無いんだぞ?」
「そうじゃないんです。何でかはわかりませんが、僕は知らなきゃいけない……そんな気が、するんです」
「そいつは一時の気まぐれかもしれないぞ? それに、聞いてしまえば退路は断たれる」
大和の視線は真剣そのもの。冗談を言っているような目ではない。まだ、退ける。退く事が出来ると。
「たまには自分から進んでみろって友達に言われたことがありましたから。これはきっと、僕が自分自身で決めたことですよ」
「良いことを言うわね、あなたの友達」
くすり、と短く笑いを漏らした聖羅。確かにこの人は綺麗で、皆が惹かれるのも納得出来る。
「覚悟もしたみたいだし……場所を変えましょうか。ちょっと歩くけど、良いわよね」
「……後戻りしようとは思うんじゃないぞ?色々と信じがたい光景が見られるからな。そして、他言無用だ」
誰かに話して信じて貰えるような話題ではないのだが、彼がそう言うなら従うしかないだろう。
「あの……ちなみに聞かないって選択をしてたらどうなってたんでしょうか?」
「会長の渾身の一撃で完治数ヶ月の大怪我を負わされた上に、痴漢の濡れ衣を着せられて社会的な抹殺をされる……!」
メガネのフレームを押し上げ、光の反射で瞳を隠す。何やら意味深だが、気にしてしまうと深みに嵌ってしまいそうだ。ここは聞き流すのが正解だろう。
「それだけで終わればいいが……会長は人を陥れるのが三度の飯よりも好きだからな」
「ま、まだ何かされちゃうんですか!?」
「ちょっと大和? 人を超サディストみたいに言わないでよね。誰かが聞いてたらどうするのよ」
「その時はその生徒に容赦なく制裁を加えるんだろう? まるで悪魔だ」
先程の険悪な雰囲気はどこかに消え、最初のように楽しげな会話が続く。護の内心はそんなに浮かれた物ではなかったが。緊張と不安と……ちょっとした好奇心とが複雑に入り混じったような表現し難い気持ちだ。
「そこは天使って言っておく方が良いんじゃない?」
その場で回ってみせる聖羅。短めのスカートが遠心力に揺れる。確かにこの笑顔と仕草では天使と言っても良いのかもしれなかったが、大和は一切無関心だった。