「炎の記憶」19
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もう何度目か分からない衝突。正直なところ、ここまでの相手だとは思っていなかった。仲間には、手を出すなと警告しておいたがこれでは――いや、ここで弱気になってしまってはリーダーとしての威厳を損なってしまう。ここは絶対に勝たねば。この謎の敵を討つ。仲間の情報によると、襲撃時の別働隊に襲い掛かかり、壊滅させたのはこの者だ。人型をしており、全身を薄汚れた布で隠し、素顔も晒さない。しかし能力者とは言い難いのだ。今のところ目に見えるような能力の使用はなく、あくまでも異常なまでの運動性での攻撃が続いていた。今もそうだ。ビルの壁に右手の指を突き刺してぶら下がり、遊んでいるかのように体を揺らす。
「楽しんでいる、か……」
人のいないこの空間なら思う存分に能力を使えるが、当たらなければ意味は無い。破壊力で言えば追随する者は少ない能力ではあるのだがそれすらも耐えているのだ。
突風が吹き荒れる。すると同時、ぶら下がっていたビルが中央から文字通り割れた。倒壊し、揺れる地面。鳴り響く轟音、巻き上がる砂塵。当然この程度で終わると思ってはいない。だからこその追撃。砂塵を縦横無尽に切り裂き、視界を晴らす。
「くっ……!」
いつの間に移動したのか。背中に鈍痛。強烈な蹴りだ。吹き飛ばされながらも地面に片手を付いてその反動で立ち上がる。是が非でも倒れようとはしない。体を地に着けてしまえば襲われるのは確定だ。今こうして砂塵が残っていても動き回っているのが感覚で分かる。的確に、自分を狙ってきているのだと。位置が分からないのならば、と。更に能力の効果範囲を広くする。地面を切り裂き、壁面を抉り、破砕していく。その攻撃一つ一つに必殺の威力が込められているのだろう。立っているのもままならない程に強い風が吹き、辺りを蹂躙しているが、それでも手応えは無かった。
(『機関』の者では無い、と言うのか……?じゃあいったいあいつは……)
一瞬の思考の隙。それを読み取っていたかのように突進してくる謎の者。細身に隠した強烈な力が『救世主』の男を襲う。飛んできた拳を受け止める。二人を中心に瞬間的な突風が吹き荒れ更に状況を悪化させていく。
「オマエ、ツヨイナ……」
一言。口元が不気味にひん曲がり、受け止めた右腕が赤っぽく明滅。拮抗していた腕力が次第に圧されていく。しかしここでも異能の力は感じなかった。やはりこれは――
「……こんな時に来客か」
空が割れる。異界の空に生じる亀裂。そこから降り注ぐ複数体の影。それらはばらばらに落ち、地面を揺らす。相対している者もその異変には気付いたようだったが無視。今この現状を楽しんでいるかのようでもある。本来であればこの世界を蝕もうとする存在を排除しに行くのが常だが、背中は向けられない。まずはここを打破するのが先決だ。それに頼りたくは無いが、これを専門にしている人間も居る訳で。それらもいずれこの戦闘に気付いてやって来るはずだ。いや、もう向かっている頃だろう。任せるのも一手だ。
「俺はこいつに全力で向かうだけだ……!」
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