「炎の記憶」17
いつもの日常というものは思っている以上に時間の流れが早く、既に時計は正午を回っていた。昼休みである。
普段であれば購買で適当に購入、それから教室に戻るというルートを辿るのだが、今日は違った。正確に言うと今日も、なのかもしれないが。護が足を向けているのは生徒会室である。どうやら朝の段階で生徒会室へ来るようにとの連絡があったらしい――メールチェックは昼になってようやくするのが護のスタイルだ――。
(連絡先……教えた記憶がないなぁ……何で知ってるんだろ……)
聖羅にも大和にも自身の連絡先を渡したつもりはないのだが、これもまた『研究所』の力なのか。プライバシーのへったくれもない。いつどこで見られているのか。そう考えると居心地の良いものではなかった。
重い足を動かして、到着。新学期が始まってからというもの何度かここに訪れているが、相変わらず静かなところだ。
「失礼します」
ビニールの袋を揺らしながら入ると、そこには聖羅が一人で食事中。
「久し振りね」
「休日挟んだだけだと思いますけど……?今日は大和先輩と一緒じゃないんですね」
「別に、大和とセットで考えなくても良いのよ?確かにコンビでやってるしこの後来るけど……あ、適当に座ってね」
言われたように適当に。近くもなく遠くもなく、それでいて隣や正面ではなく斜めという微妙な位置取り。この場合どこに座るのが正解なのか護には分からなかった。
「今日呼んだのは――」
「土曜日の事、ですよね……僕に聞いてもあんまり分からないと思いますけど」
焼きそばパンという定番中の定番の袋を開けながら珍しく他人の話を遮って言う。しかしそれには理由があった。実はあの翌日、何度となく知らない番号から電話が掛かって来るという体験をしたのだ。掛けて来たのは研究員とだけ名乗った男女。知らない相手であるのに護は律儀にその全てに対応。課題がなかなか進まないので流石にうんざりしていた。
「なるほどね。聞き尽くされてるんだ……」
「あ、すみませんつい……」
「あそこの人たちって時間感覚持ってないから気の済むまでやって来るのよね……申し訳ないわ」
「いえ……それで、何か?」
手中で遊ばせていた紙パックの牛乳を静かに置き、一呼吸置いて聖羅は口を開く。
「大体の流れとかは大和から聞いたの。ちょっと難しい話になるかもしれないけどカリヤさん……“ランス”って呼ばれてた人の戦いぶりってどうだった?」
「戦いぶり、ですか?」
炎を操っていた二人の能力者。その内の一人で警備隊の味方として現れた男の事。能力者同士の戦闘は凄まじいもので、言葉で言い表すのは到底難しい。そう思って言い淀む護。
「難しいわよね……ただあの人とは何回か話した事があったから聞いておきたくて。優秀な能力者だったわ」
「えっと、あの人はどうなったんですか……?」
「勿論生きてる。けど、もう能力は使えないって」
あれだけの傷を受けても生きているのか、と驚きつつも不思議に思う。能力者とは一体何なのか。
「理由は分からないけど、彼はもう炎を生み出す事は出来ないらしいの」
能力を失う理由とは。失ったら普通の人間に戻るのか。
「傷とか痛みとか外的な要因じゃなくて……また別の……その、力がなくなったらその人はどうなるんでしょうか?」
「それは私にも分からないわ。登録抹消されて、その後は……」
流れる沈黙。それを打ち破る役目を担う事となった人物が居る。
「なんだこの重い空気は……」
大和である。タイミングが良い、と言うべきか。
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