「壊れた歯車」08
「い、異世界、ですか……?」
唐突に、突飛過ぎて、何を言っているのか理解出来なかった。外から聞こえる部活動生徒の掛け声だけが、静かな空間に響く。
「会長よ。その聞き方では混乱を極めるだけではないだろうか?」
「そうね……じゃあ超弦理論は?」
「名前、だけならなんとか……」
「いや知っているだけでもなかなかだと思うんだが」
護は頭の中を探ってみた。超弦理論というのは、確か――
「超弦理論。宇宙の姿や誕生のメカニズムを解き明かすと同時に、原子や素粒子と言った微細な物の先にある“世界”を説明する理論の事よ。私なりに簡単に言えば、異世界への糸口かな」
「弦だけに糸口という訳か」
「そういうつもりじゃないわよ」
そうだ。そのような事を前に本で見たような気がする。しかし、それが一体自分となんの関わりがあるのだろうか。
「私たちの世界の他にも世界があるっていう事。わかる?」
「それは、なんとなくわかりましたけど……」
「そろそろ本題に入っていくべきと見るぞ、会長。何でそのような話をしているのかとな」
大和が助け舟を出してくれたが本人としては早く終わらせたい一心である。故に助け舟ではないようだ。
「その前に、自己紹介でもさせてもらおうかな」
長く艶やかな青髪を払い、改めて護に向かい合う。
「知ってるとは思うけど、私の名前は篠宮 聖羅(シノミヤ セラ)。全校生徒を惹き付ける魅力と――」
大人びた笑顔で護の目を奪い、更に決め台詞を言おうとした瞬間。
「泣く子も黙る怪力女だ」
「うっさいわよ、馬鹿大和」
「……場の空気を和やかにしたかっただけだ」
「あんたが喋ると脱線するの、わかる?わかっててやってるなら最低よ」
「また似てるとか言うのならもうあんまりやらないようにする」
大和を睨み付ける聖羅。結構本気で怒っているらしい。睨み付けられた当人は手をヒラヒラと降り、降参をアピール。
「オホン……それでは気を取り直して。君の名前も聞かせて」
「あ、紅野 護、です」
二人のやり取りに呑まれてしまっていた護が口を開く。頭の中に渦巻くのは異世界や超弦理論という聞き慣れないが少しだけ知っている単語。自分と一切関係を持たないその言葉だけが頭に圧し掛かってくる。
「ええ、知っているわ。なんせ、私たちが昨日、“あなたを家まで運んで上げた”のだから」
「昨日、運んだ? 僕を……?」
そして新たにワードが追加。護の思考回路は常にフル回転しているが、全く繋がらない。空転状態だ。
「そうだ。君は世界の狭間に生まれた化け物……蝕、と呼んでいるんだが、そいつの餌食になるとこだったんだ」
先程にも増して真剣な表情で話す彼女らを見てしまうと、どうにも護を困らせるために冗談を言っているとは到底思えない。しかし、容易に信じることも出来ない。
「そうね……簡単に言うと、あなた。紅野くんはつい昨日、とんでもなくファンタジーな世界に無理矢理引きずり込まれてしまった、ということよ」
彼女は淡々と、しかしどこか妖艶さを秘めた笑みで事実を告げるのだった。