「炎の記憶」10
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襲撃者は去ったが、残されたのは多大な損害。緊急時の為に作られた医療用の建物の中は様々なスタッフが入り乱れる惨状。いくら暗躍している組織と言えど、その全てが異世界などの研究をしている人間ではないのだ。中には一般人も居る。様々な声が飛び交う病棟を早足で抜けると、大和は一直線にある場所へ。
数分歩いて辿り着いたのは小さなプレハブ。中にはパソコンやホワイトボードが乱雑に置いてあり、いかにも何らかの実験や会議をしている風だが、目的はここではないらしい。簡素に組み立てられた椅子や机を軽く押し退け、ポケットから取り出した携帯端末を操作。するとどうだろう。真っ白な床の一部に切れ目が走り、歯車の回る音を出しながら四角く切り取られたではないか。現れたのは青白いライトが照らす下りの階段。所謂隠し通路というやつだろう。大和は躊躇なくその空間へ足を踏み入れる。大和の頭が完全に隠れた後、今度は自動で元通りの床に。
降りていくに連れて耳に届くのは機械の駆動音。目の前に現れるのはパソコンが数台並べられた小部屋。既に起動は済んでおり、アナザースター社のロゴマークが回転している。用意された椅子に腰掛けキーボードに触れようとした瞬間。
[やっほー。どうだった?]
「……それを調べようとしてたんだ」
画面が切り替わり発せられる音声に大和は溜め息を吐きながら腕を組む。表示されているのは大和――ではなく彼に良く似た顔立ちの男。声からするに武蔵である。同じように眼鏡を掛けてはいるが、髪は長く適当に後ろで纏められ、日に当たっていないのか異様に白い肌。口元は緩んでおり笑顔。大和とは似ても似つかない正反対の印象だ。それが彼、武蔵である。
「あんたはどこまで知ってる?」
[そうだね。あの子の能力系統がほぼ炎で確定って事くらいかなー]
「……本当にそれだけか」
[疑り深いねぇ……じゃあこれ見てよ]
右手側のモニターに表示された映像。画質こそ荒く、カメラが傾いているせいで見辛いが、最低限の情報は得る事が出来る。映っているのはローブを纏った二人と、護だ。
[ごめんねー音声は録れなかったんだ]
無音である事に顔を顰めていたのが気付かれたらしく、武蔵のフォローが入る。本当に申し訳ないと思っているのか定かではないが。
右腕から放たれる特大の炎。それを防ぐように出現した氷の壁。
「なるほど、逃げられたという訳か……」
[それよりもやっぱりこの高出力の異能だよね!把握していない能力者……胸が高鳴るね!]
「渡さないぞ」
[え?]
力を使い果たし倒れる護。それから突入してくる警備隊や自分の姿までしっかり映っていた映像を消し、武蔵へと向き直る。
「あんたに彼は渡さないって言ったんだ」
[……あっそ。でもこの映像が漏れれば――]
「あんたはこれを漏らさない。どうせこれも交渉材料にするつもりだったんだろ」
やはり呆れたように大和は言う。武蔵がどのような性格で、どのような計画を立てているのか、それが何となく分かるのだ。
[さっすが!良く分かってるね!それじゃあ早速その“交渉”ってやつに入っていくんだけど]
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