「炎の記憶」07
そこに自我は無かったのかもしれない。感情の赴くまま、何かに支配されるように、紅蓮の炎に包まれた右腕を掲げる。前髪に隠された顔に一筋の涙。感情の起伏で大きくなるらしいこの能力。
二人の異能力者は本能で危険を察知。ホワイトは急いで自身の能力である霜を周囲に散らす。ジャベリンは諦めずに攻撃を加えるが、その炎を放つ度に護の腕へと吸われていく。
人を殴った事など無いだろう護から放たれる拳。紅蓮の腕。どこにそのような力があるのか分からない筋肉の少なそうな細身の体から撃ち込まれた一撃が二人へと迫る。
「ホワイト!」
「フレア、もう攻撃しない!」
「チィッ……」
そして、轟音を響かせ、激突。先程のランスやジャベリンの扱っていた炎とは全く違う質量と熱量を感じさせる力が容赦なく二人を呑み込む。勢いは殺される事なく一直線に伸び、護の立っていた反対側の壁と床をも溶解させ、更に遠くまで。限界点はあるのだろうが、ここからでは判断出来ない。十秒程、とんでもないエネルギーを放出し続けると、次第に右腕の炎が薄くなっていく。舞う火の粉も極少量。その間護はその場から一切逃げようともせず、ただ真っ直ぐ右腕を伸ばしていた。収束し、腕の中へと消えていく紅蓮。赤熱し抉れた地面。残されたのは大量の水蒸気だけ。
炎が迫る直前、ホワイトは瞬時に氷の壁を精製しそれを盾に使用。ものの数秒で溶け始める壁を飛び越え、穴の開いた天井へと跳ぶ。能力者の並外れた身体能力のお陰でどうにか脱出する事が出来たのだ。盾が崩れ落ち、蒸発していくのを目にしながらジャベリンは呟く。
「あれは、何だ?『機関』保有の炎系能力者なのか?」
「……分からない。でも、能力者である事に違いはない」
「なら、今来てる全員で掛かれば――」
「それはダメ」
護に総力を掛けようとしているジャベリンを止めるため、ホワイトは再び氷のナイフを作り出して切っ先を仲間であるはずのジャベリンの首筋へ。
「お前、何を隠している?」
「……目的が違う。それにさっき見たはずだ。フレア、あなたの炎は通じない。そしてこの氷すら簡単に溶かされる」
「ここは退くべき、と?」
「うん。グレイヴだって回収しないといけない」
あくまでも冷静に、今やらなければならない事を口に出す。明らかに何かを隠しているのは見え見えなのだが。ジャベリンはフード越しに頭を掻き、大きく長い溜め息を吐く。
「分かったよ……ランスは潰せただろうし、それはまずまずの収穫だ。施設自体の破壊も上手く行ってる。長居は誰のためにもならねえか……」
辺りを見渡すと至る所から黒煙が立ち上り、もうそろそろマスコミのヘリコプターだって飛んで来るだろう。潮時ではないか。
「目標を見つけ出せなかったのは痛いが……」
「それなりに目的は果たせてる。あとは別働隊次第」
「だな」
遠くに見える虚空に浮く巨大な斧。未だに仲間の一人であるグレイヴが暴れているのだろう。それが振るわれる度に地面が揺れ、建物が倒壊しているではないか。
「それじゃあ、あのデカイの回収しに行くか」
「了解」
足元を強く蹴り、跳躍するジャベリン。純白のローブをはためかせ、戦闘が起こっているであろう場所へと向かう。ホワイトも遅れて跳ぶが、その視線は護へと。力を使い果たしたのか、それとも満足したのか、膝から崩れ落ちるところだった。




