「炎の記憶」06
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幼少期の記憶、だろうか。俯瞰している。どうやら自分は派手に転んだらしく、泥だらけで擦り傷だらけ、痛みに耐え切れずただ泣きながら帰宅していた。おっとりした性格でどこか抜けていた自分は稀にこのような事があったのを記憶している。そしてそれを慰めるのはいつも母の役目だ。
「男の子でしょ、泣かないの」
言いながら汚れた服の泥を落とし、どういう意味なのか分からなかったが毎回同じように、諭すように言葉を投げていた。
「あなたの“ここ”にはね?とっても強い力が宿ってるの。出来れば使って欲しくはないけど……だけど、その時が来たら――」
柔らかく温かい掌で頭を撫でながら。
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新たに現れた気配。とてつもない威圧感のある空気を撒き散らしている。能力者の中でも相当な実力を持った人間なのだろう。二人は警戒しながら、能力の片鱗を周囲に散らばせながら仮面に隠された瞳で探る。
「知ってるか、ホワイト」
「……何も聞いてない」
「だよな……どうする?」
妙な気配はこの荒廃したドームの中に充満するように発生していた。漸く、その気配の元を掴んだ。
「あれは……!何で、ここに……」
「スーツも無いが、あいつ能力者なのか?」
ふらつきながら立ち上がっている姿を発見した。少年だ。それは先程吹き飛ばした男の近くの瓦礫の間から。ずっとそこに隠れていたのだろうか。能力者だとするのなら、何故始めから仕掛けてこなかったのかとジャベリンが怪訝そうに右手に炎を宿す。しかし。
「何だ、これ!?」
周囲を焼き尽くすように燃え盛っていた炎、そして自身の右腕に宿していた炎がまるで嘘のように退いていく。いや、退いていくという表現は少し違うかもしれない。まるで引き寄せられるように一箇所に集まっていくのだ。それは立ち上がる少年の元へと。
「くっ、この……!」
「待ってフレア!あの子は……何か理由がある!」
「知らねえ!あんな能力見た事も聞いた事もない……!俺の炎が吸われるだなんて――」
珍しく感情的になっているホワイトの事よりも気になるのはあの少年の事だ。自慢の炎が全てあの少年へと持っていかれているのだ。
瓦礫や穿たれた地面に躓きながらゆっくりと近付いて来る。引き寄せられた炎は右腕を包むように。放った炎とは色が違う。深く、強い、紅。ただ燃え上がるだけの勢いだけではなく、火の粉が花弁のように舞う姿はどこか妖艶で美しさすら感じさせるようだった。
「……許さない」
近付いて来た少年が、俯きながらそう呟く。それはしっかりと二人の耳に届いた。能力者の力の増減は感情が大きく関わっていると言われている。つまりこれは、感情の炎。真紅に燃え上がる、怒りか。
「これなら、どうだ……!」
「フレア……!」
どのような理由があるのか定かではないがホワイトはジャベリンの行動を阻止しようとするのだが、あくまでも言葉だけ。自身も右手に氷のナイフを手にして警戒は怠らない。
自慢の炎が理不尽にも全て吸収されていくのを目の当たりにしている。故に言葉だけで止まれる筈も無くジャベリンは再び炎を放つがそれも全て少年の右手に吸収、紅の炎へと変換。残りが火の粉として宙に舞う。
「おいおい、何だよお前は……!」
「僕は、許さない……許さない。ここは、僕と――」
怒りに我を忘れているのか、うわ言のように同じような言葉を呟いている少年。何度と無く炎を伸ばしているし、ホワイトも既に何度か氷の礫を飛ばしているのだが、全く効果がない。能力の格なのか。
遂にその距離一メートル。そこで少年は立ち止まり、顔を上げた。泥と涙に塗れた、汚れた顔だ。目はどこか虚ろではあるが、その奥底に強い意志が垣間見える。二人の能力者が慄く程に。
「――僕と、家族の、大切な場所なんだ!!それを、よくも!」
腹の底から出された大音声。普段そこまで出さないからなのか、所々掠れてはいたが感じる事が出来た。その大きな怒りと、強大な異能の力を。