「炎の記憶」01
――異能力。それはこの世界の理から外れた、人智を超える力。
ある者は炎を生み、ある者は水を操り、またある者は風を自由自在に呼ぶ。それらは等しく後天的であり、何らかの精神的な要因によって能力を“発症”する。
その人智を超えた力を研究、統括しているのが、この『研究所』。世間的には大規模な企業。実は世界の裏で暗躍しているなど、物好きでもないと考えないだろう。
そして、暗躍している限り敵対勢力も存在する。
脳まで叩くような轟音と、視界を塞ぐ砂塵。追い討ちを掛けるように降り注ぐのは壊れた天井の破片。衝撃は思っていた以上に大きく、立っているのも困難だ。倒れ、尻餅を着く。地面は芝生のお陰で柔らかく、痛みはほぼ無かった。
遅れて何事かと天を仰ぐと、そこから差し込んでいるのは一筋の太陽光。しかしその光は温かいものではなく周囲を丸ごと焼き尽くすように、熱い。
光の中心、そこに現れたのは純白のローブを身に纏い、素性を隠すように仮面で顔を覆う何者か。軍靴のように力強い足音。着地の衝撃は無いのか、平然と立っている。そして、護はこの者たちの俗称を知っている。声にならない声で呟く。
「『救世主』……!」
目的は分からない。だが、こうしてここに現れた。護とその者の間には大分距離がある上に落ちてきた瓦礫によって姿は見えていないだろう。動くなら、逃げるなら今の内だ。ゆっくりと、四つん這いのまま出口の方へ。砂煙のお陰で視界は悪いが、光は見える。
「ここもハズレかよ……どこに隠れてやがるんだ」
声を発したのは降って来た者だ。苛立ちを抑えきれないのか、足元にあった小さな瓦礫を蹴り飛ばす。本人がどれ程の力を込めたのか分からないが、その瓦礫は赤熱し、壁に衝突する前に燃え尽きてしまう。
「う、わ……っ」
熱風が辺りを駆け回り、這って進んでいた護の体を大きく揺らす。ただの一蹴り。それだけの動作にもこれだけの力が宿るのだ。能力者という人間に恐怖を抱いてしまう。すると今度は扉の向こうから別の声。複数だ。
「侵入者発見。これより討伐に入る!突入用意!」
「了解!」
「相手は能力者だ、無闇な発砲は控えるように!――行くぞ!」
発砲、という単語を理解するのに護は数秒の時間を要したが頭がその言葉を把握するよりも早く視覚が教えてくれた。
扉を蹴破り、突入してきたのは灰色の防護スーツを全身に纏った軍隊のような集団だ。手には黒塗りの銃。アサルトライフルと呼ばれる自動小銃。まるで戦地に投げ出されたような感覚で現実味が無いが、護の目の前では今、これが現実だ。
「ん……警備隊のお出ましか?」
「無駄な抵抗はやめろ。お前の能力系統は炎、既に対抗策は打ってある!」
「へえ、そいつは楽しみだ。だけどたかが警備じゃ俺の炎を消す事は不可能だ」
警備隊と呼ばれた集団はそれぞれが胸元で銃を構え、男を威嚇。
物陰に隠れている護には気がついていないようで、逃げ道を失った護は突如現れた勢力に驚きと不安の入り混じった表情で視線を送る。
(ど、どうしよう……出られなくなって……)
この場をやり過ごす方法が見当たらない。大人しく隠れているしかないのだろうか。




