「壊れた歯車」07
――その後の授業は特筆するような出来事もなくいたって平和、とてもスムーズに時間は流れ、気が付けば一日の授業は全て終了し放課後に。何かあるとするのなら隼士はあれから姿を現さなかったくらいだろうか。
「じゃあね、まーくん! また明日ね!」
部活に行くのだろう奏が颯爽と教室を後にする姿を見送り、帰宅部である自分も帰ろうと鞄を持ち上げたところだった。一瞬のノイズが入った後、スピーカーから音声が流れ出す。
『連絡します。二年七組、紅野君は生徒会室まで来て下さい。繰り返します、二年七組――』
「……?」
生徒会に呼び出されるような覚えが無い護。首を傾げながらも、生徒会室に足を向ける事にした。教室から生徒会室までゆっくり歩いてもそれ程時間は掛からないのだが、護のように人を待たせるのが苦手な人間はどうしても意識せずとも早足になってしまうのだ。
生徒会室に近付くに連れ、この学校の生徒会長の噂を思い出した。今まで何百人という男子から告白されていながら誰にも靡かないという噂が立っている。何度か校内で見掛けているが、確かに綺麗な人で、人気もある。話し掛けるだなんてした事も無いし、する必要も無かったが。
(そんな人に呼び出される理由なんて……)
トボトボと歩いている内に、もう到着してしまった。職員室ではないのでノックをしてから入るべきかどうかと思案。
「失礼します……」
礼儀として、一応ノックをしてから入室。そこに居たのは、窓際のパイプ椅子に腰掛けた少年。ネクタイの色からして上級生だろう。
「ほお……あの会長はついに女子からも告白されようとしているのか。だが、何故キミは男子の制服を?」
「いや、僕は男ですから……それに告白しに来た訳でもないです」
何故か完璧に誤解されている。確かに、女の子みたいな顔付きだ、とは極稀に言われるのだが、こうも面と向かって女子扱いされるのは初めてだ。
「そうか……なら、私にか。だが生憎とそういう趣味を持ち合わせてはいないのでな」
「だから、違いますよ!」
この眼鏡の少年は何を言っても理解してくれなさそうに感じる。流石の護ですら声を大きくしてしまう。
「僕は、呼ばれて来たんです」
「ああ……ではキミが紅野君か。私は呼び出していないから……なるほど会長がご執心になりそうだ」
一人納得したように頷く眼鏡の少年。そろそろ名乗って欲しいものだ。
「私は大和だ。敢えて名字は伏せておこうか」
「は、はぁ……それで僕は何で呼ばれたんですか?」
「はて。会長が男を呼び出す、か……ふむ。私は邪魔なようだ」
一向に話が進む気配を見いだせない。そろそろ本当に帰ろうかと、大和に告げようとした、その時だ。
「待たせたわね。紅野くん」
生徒会室に、凛とした声が響く。はっと振り向いたそこに、彼女は居た。長く日本人離れした青色の髪と瞳。形の整った顔は、まるで西洋人形のようだ。護が見惚れていると、彼女は華やかな仕草で笑顔を見せた。
「では、退出させてもらおうか。会長、後輩だからと変な事をするんじゃないぞ」
「大和? 説明が面倒だからって逃げないの」
後ろ手に戸を閉めた彼女の目は笑ってはいなかった。ただ、真剣な眼差しで護を捉えているだけ。
「おお、彼が紅野 護君だったか。ちょうど同じ名字が被ったのかと思ったぞ?」
「ほんっとそういうとこ凄い似てるわよ?」
「……以後気をつける」
苦しい言い訳に聞こえるが、どうやら本人は本気らしい。ズレた眼鏡を元の位置に。
「あのー、それで……会長、僕は何で呼ばれたんでしょう……?」
只ならぬ空気を感じ、ゴクリと生唾を飲む。
「そう、ねえ……紅野くんは、“異世界”って信じる?」
彼女のそんな一言から、護のこれからが一変したのだ。