「異能の世界」38
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護は、ほぼ無人の敷地内を地図片手にひたすら歩いていた。それで見るに、赤い点で示されている場所は相当な広さを持つ場所のようだ。きっとここからでも見えているドーム状の建物の所にある。方向感覚はそれなりに良い方である、と自負する護。建物の数や交差する道の本数を数えながら着々と近付いていく。ふと、地図から顔を上げる。通り抜ける一陣の温かい春の風。
「こっちに……!」
地図を見なくても分かる。感じるのだ。小さな頃歩き回っていたはずのこの土地。記憶には微かにしか残っていないが、この足が、体が覚えている。歩く速度は上がり、気付けば駆け出していた。夢中になって走っていると、手元から地図がすっぽ抜けてしまう。しかし護は足を止めず、ただ感覚の赴くままに体を動かす。決して速いとは言えないが、それでも進んでいるのだ。ドーム状の建物が視界に大きく入り込んでくる。あと少しだ。
「……もう、少しで……」
その建物の外周には小さな植物が植えられており、この白一色とも言える敷地内では珍しく緑が多い。
速度を落とす事なく近付く。少し走っただけでも息切れを起こしてしまうような体力だ。それでも、ここで立ち止まってはいられない。見えてきたのはこのドームの入り口だろうか。ガラス張りのドア。銀色の持ち手。まるで競技場のようだ。肩で息をしながらそこに近付く。ここだ。この中だ。そう、感じる。
「……」
手も体も震えていた。それもそうだろう。この中にあったのは真っ赤な惨劇で。その全てを記憶から消す事の出来なかった残酷な光景。それと向き合おうとしているのだ。今はもう何も無い。だが、それでも感じる事がある。先程江草が言い掛けていたのはこの事だろうか。科学的ではない、直感。感覚。
逃げ出す事だって出来る。だが、それでは今までと何も変わらない。何の為に動いたのか。自分の心に問い掛ける。深く息を吸い、吐き出す。
「よし……!」
気合いも重要だ。やると決めたらやり通す。持ち手に手を掛け、力を込めて押す。勿論ただのドアなので何の仕掛けもなくただ開く。そこに広がっていた景色は衝撃的なものだった。
一言で表現するとしたら一面に広がる緑の絨毯。連想するのはサッカー場か何かか。敷き詰められているのは草だ。天井から吊るされたライトで満遍なく光が与えられている。
頭上からボツッと言うスピーカーを立ち上げた時に出るような音が降り注ぐ。それも至る所から。感慨に浸る事すら許さないというのだろうか。それとも護を侵入者として判断したのか定かではないが、気持ちの良いものではない。
[やあ良く来たね]
「……その声は……」
[三日ぶりくらいかな? そうだよ! プロフェッサームサシだよ!]
広い場内ではたったその一言が反響し、山彦のように返って来る。
[きっと、きっと来ると思っていたよ紅野護君――]
どこか笑みを含んだ声で、歓迎しているような。何か企みを孕んでいるような気がしないでもない。あの護ですらそう感じてしまう程だ。




