「異能の世界」37
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「しっかし珍しいよなぁ、一般人が休日にこんな場所に見学だなんてさ」
――アナザースター社入場口。
見張りの一人がそんな事を漏らす。体格こそおっかなく見えるが、口を開けばかなり砕けた感じを受ける。先程はどうやら抑えていたらしい。後ろ手に組んだ両手を組み替え、凝り固まった足を動かす。
「学生っぽいし、宿題か何かかな?ここにデートは無いだろうし……なあ、どう思う?」
「……職務中だぞ」
対して二人の見学者への対応をした見るからに厳つい警備員が、見た目通りの厳しい声で言葉を返す。こちらは仕事に真面目なタイプなのだろう。姿勢を変えず、行き交う車両を目で追いつつ不審な点が無いか確認していく。
「もう少しで交代だろ? それに人なんてほとんど来ないし……ここに来るなんて余程の物好きだぜ?」
「あと五分だ。我慢しろ」
「本当に真面目の塊だよな……そもそも俺らが――」
片方が何かに気付き口を噤む。駅の方面からやってきたのは一人のスーツ姿の男性。首元から提げられているのはどこかの会社のカードだろうか。真っ直ぐ向かってくるのを見ていると、どうやらここに用事があるようだ。見た目からして商談か何かだろう。休憩までの時間潰しにはなるだろう、と姿勢を正し顎を引く。警備員然として対応するのだ。対応するのは自分ではないがと心中で呟く。
「すみません、入場口というのはこちらで宜しかったでしょうか?」
「はい。どういったご用件ですか」
「ええ、私、こういう者でして……今日は商談に伺いました」
男が鞄を置き、取り出したのは小さなケース。名刺入れだ。
それを受け取った警備員は、決められている用語で応対する。
「なるほど……では、あちらで受付を済ませてください」
「ありがとうございます。では、失礼しますね」
スーツの男が恭しく頭を下げ、何事も無く入場していくのを横目で確認し、再び柵を元の位置に。背後では例の受付モニターの自動音声がなかなかの大音量で案内をしている。この音量は相手の聴力を考慮して、という目的の他にもこうして立つ警備員に向けての物でもあるらしい。確かに操作音を聞いていれば可笑しな動作をしても分かりやすい。
「なあその名刺、どうするんだ?」
「貰ったものはいつも警備室に置いてあるだろう?」
「……そうだったっけ」
「お前、いつもどうしてるんだ……」
十二時を示す鐘が鳴る。中の研究員に知らせるものなのだが、職業柄なのかここの人間は気が済むまで研究、合間に食事休憩というスタイルを取っているので正直意味の無いように思えてくる。だが警備職にはとても良い報せなのだ。そう、交代の時間。
「よし、午前終了っと……あれ?」
自身の仕事が終わった解放感とともに後ろを向く。そこで異変に気が付いた。
「さっきの人、もう居ないな」
「行く場所が分かっていればそんな物だろう」
「そう、か……そうだよな」
きっと思い違いだろうと割り切って柵を開ける。向こうからは同じ恰好をした二人がやって来た。次の警備担当だ。
「お疲れ様です!」
「おう。じゃあよろしくな」
「了解っす!」
異変などただの思い違い。そうであれば良かったのだが――。
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