「異能の世界」36
「班長、今お時間宜しいですか?」
肩甲骨の辺りまで伸ばした黒髪を後頭部で結わえ、端整な顔立ちには赤い縁の眼鏡。知的、という言葉が似合うであろう人物だ。声音も低めで、まさに出来る女性といった感じである。
「んー……ダメって言ったら?」
「それは……困りますね」
「知ってるよ。住所の場所、特定で出来たんだよね?」
「……はい、もちろんです……それがここです」
「ほら、紅野君が見ないと意味ないよ」
護は、楽しそうに土嚢を振り回す真美を大きく避けながら二人の元へ。女性の持つファイルで開かれているページはここの地図だ。一目で分かる。そして赤く記されているのが――
「ここ、ですか……?」
「はい。ここから歩いて十五分くらいですね。迷わなければ」
「別にここで覚えて行けとは言わないから……っと」
女性の手からファイルを掻っ攫い、慣れた手つきでクリップされたページを抜き取り護へ渡す江草。その顔にはどう受け取れば良いのか分からない意味深な笑顔があった。
「それに、一人で行っても迷う事は無いと思うよ」
「そこまで入り組んでいる訳でもないですからね」
「うん。しかも……いやこれは非科学的だから止めておくよ」
「ありがとう、ございます……? でも一人で良いんですか?」
警備員には動き回る際、職員の付き添いが必要であると言われたが、見付かってしまったらどうすれば良いのだろうかという不安が頭を過る。
「それなら大丈夫。後で連絡しておけばどうにでもなるし。そもそもこの辺りは警備が手薄だよね」
「班長、それは言い過ぎかと……」
「ま、仕方ないんだけど。どうする? 早速行くかい? それとも、サポーターを試してからにするかい?」
「僕は……」
横目で真美を見る。機器の後ろで怯え気味の男性職員がいつ止めようかと考えているようだが、そんな事はお構い無しに、真美はサポーターを楽しんでいた。重量のある土嚢でお手玉を始めたのだ。あれは相当怖いだろう。
「あ、お兄ちゃん一人で行って来ても良いよ!私は当分これで遊んでるから! 寂しいなら仕方なく、仕方なく! 付いて行くけど!」
「聞いてたの?」
「そうですとも! 全部聞いてた! だから行って来たら?」
「……ありがと」
「気遣い無用よ!」
何も言っていないが、きっと護の事を考えての事だろう。ここまで付いて来たのは護の気が変わってしまった時に背中を押す為かもしれない。妹に心配をさせてしまっていたようだ。自分が弱いのは知っているが、しっかりしなくては。
「決まりだね」
「はい。僕は、行きます」
「ゆっくりして来る事だね。あの変人に何を言われたか知らないけど……君には知る権利がある」
「変人……?」
「ああ今のは忘れて。さ、時間はどんどん無くなっていくよ」
護の肩を叩き、動く事を促す。女性も柔らかい笑顔で見送ろうとしているではないか。真美は相変わらずサポーターではしゃいでいる。それらを全て飲み込み、護は深呼吸。気持ちを落ち着かせるのにはこれが一番手っ取り早い。
「それじゃあ、行ってきます」
また一歩、護は進む。その先に何が待ち受けていようと。
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