「異能の世界」33
二人の前に現れたのは白衣の、いかにも研究者という職業が板に付きそうな男性だ。少々大きめの黒縁眼鏡に、白髪交じりの伸びた髪。お世辞にも綺麗とは言い難い。
「待っていたよ。ああ私はこの通り……ここの職員の江草だよ。よろしくね」
「ど、どうも……江草さん……」
「よろしくお願いしまーす!」
首元から提げているカードらしき物を二人に見せ、ついでと言わんばかりに自己紹介する江草と名乗った男。しかし、待っていたとはどういう意味なのだろうか。
「ん?そうかそうか。妹さんも居るんだもんね。じゃあこう聞こうかな……君たちがここに来た目的は?」
その護の疑問を先に読み取ったかのようなタイミングで言葉を紡ぐ。お陰で護も理解する事が出来た。きっとこの江草という男も、『研究所』の人間なのだ。だから護の事も知っているし、真美が一般人である事も分かっている。既に家族の情報を調べ上げられているのだから。
「僕らはただ……」
護は言い淀む。江草はきっと普通に見学しに来たとは思っていないはずだ。ならば、正直に話して連れて行って貰う方が良いのではないだろうか。
「……あの、この住所があった場所ってどこですか?」
「お兄ちゃんが隠さないで聞いてる……!?」
珍しく兄が思っている事を直球で相手に伝えた事に驚いたらしい真美。失礼な事だとは思いながらも、護は鞄から取り出したメモ用紙を江草に渡す。
「ふむ……さすがに私も把握してる訳じゃないから、ついでに案内してあげるよ。ここ、不親切な事に地図の類を外に置かないようにしてるからね」
言われて周囲に目配せしてみるが、確かに地図のような立て看板は見当たらない。あるのは会社名とブロック番号だけ。これでは辿り着くのは難しいだろう。
「むぅ……迷わないんですか~?」
「使う所だけ覚えておけばあとはどうにでもなるよ。ここからは歩きながら説明するから……っとその前に携帯の電源は切っておいてね。中の写真を持って帰ると大変な事になるから」
「大変な事、ですか」
「なになに!?そういうの気になる!」
中身を聞く前に護は自身の携帯電話を出して電源を落とす。特に電話が掛かってくる事もないだろうし、家の場所さえ分かればそれで帰るつもりなのだから。それ以外の目的は持って来ていない。
「それはもう、恐ろしいだろうね……情報漏洩は重罪だよ?何を搾り取られるか分からないね」
「マジですか……怖いからちゃんと切る……」
「よし、準備は良いね。それじゃあ付いて来て」
「はーい!お兄ちゃん、遅れないようにね!」
「さすがに大丈夫だよ」
白衣を翻し先を歩く江草の背中を追う。周りの建物はどれも似たような外観だ。見た目では直方体のようにも見えるが、中はどうなっているのだろうか。
「私が所属しているのはロボット開発班。だから一番見学に適していてね……だから良く連絡が来るんだよ」
「おお!ロボット見れるんですか!」
「勿論。期待に沿えるようなのはあるか分からないけど。この住所の場所も、到着したら調べるからね」
「はい、ありがとうございます」
同じ風景をずっと見ていると不思議な感覚が襲ってくる。だが護はこの場所のどこかで、あの光景が、あの惨劇が起きたのかと意識してしまってそれどころではなかった。




