「異能の世界」32
大柄の、警備員と思しき男性二人が入場口に立ちはだかっている。護などその太い腕で吹き飛ばされてしまうのではないかと思うが、何もしていない相手にそのような振る舞いをする人間でもないだろう。普通にしていれば特に問題なく会話が成立するはずだ。
「ホントに行くの……?もっとこう、別の人に話しかけたほうがいいんじゃない?」
「僕だってそうしたいけど……人の気配すらないし……」
辺りを見渡すが、住居のようなものは見当たらない。たまに大型のトラックが通る程度。そして二人でこそこそとしているとそれこそ悪目立ちしてしまうだろう。
護は意を決して警備員に近付いていく。現代に似つかわしくない重装備のせいもあるだろうが、近くで見ると相当な威圧感だ。確かにこれではあの駅員のように怖がってしまうのも無理はない。
「あのーすみません……少し、聞きたい事があるんですが……」
黒いヘルメットの下にある鋭い目が二人に向けられる。それだけで竦んでしまいそうになるが、背中に隠れている真美に盾にされているようで、護は後退する事を許されなかった。しかし、そのお陰か会話には成功したようだ。
「何か?」
「あ、その……け、見学出来ると伺ったんですけど……」
「見学ですか。アポはありますか?」
思っていたよりも優しい対応だったので護は少しほっとした表情で続ける。
「ない、です」
「そうですか……少々確認してみますのでお待ちください」
「はい。お願いします……」
そう言うと警備員は肩に取り付けられていた無線を取り出し、どこかへ連絡を開始。推測するにきっと中の研究員だろう。
「上手くいきそうだね」
「そうだけど……なんでずっと隠れてるの?」
「え?ただ何となく……」
護の背中をぎゅっと掴み、どうしてか顔を見せない真美。そこまでこの警備員たちが怖いのだろうか、と護は心配する。話していると威圧感はあまり感じないはずだが。
「お待たせしました。見学自体は問題ありません。ただ、見学には研究員の同伴が必要になりますが宜しいですか?」
「はい、それはもちろんお願いしたいです」
「分かりました。では受付を済ませてください」
もう一人にアイコンタクトを取り、柵を開けさせると、腕を伸ばして示したのは小屋のような建物だ。
「ありがとうございます。それじゃあ、行こうか」
未だに背中に張り付いている真美を気にしながらも護はアナザースター社――またの名を『研究所』――へと足を踏み入れる。柵を閉める音が妙に恐ろしさを感じさせたが、もう止まれない。
受付はほぼ自動のようだ。さすがはロボット製作に力を入れている会社だ。言われたように進み、無人のモニターの前に立つと名前や入場時間、目的などを打ち込む画面が音声案内と共に自動で表示される。
「うわっすご!」
ここでようやく背中から離れそのハイテク技術に興味を示した真美がひょっこり現れる。どうやらいつもの元気を取り戻したようだ。本当に人が居ないのかとプレハブ小屋の裏を見たりしている。まるでテレビを知らない人間が始めて触れたときのような反応だ。
「あ、あんまり動き回らないでね?」
「大丈夫!迷子にはならないと思う!」
「そういう問題じゃないと思うんだけどなぁ……」
表向きの顔もあるとは言え、それでもここは異世界と通じている場所。下手に一般人が秘密に触れたとなればどうなるか分からない。最低限、真美の安全だけは確保しておこうとは思いながらも、この先に自分の家があったのかと思うと気になって仕方がなかった。全てを打ち終えたモニターにはしばらくお待ちくださいの文字。
「やあ君が紅野君だね?」
その文字を大人しく待つ護と、慌しく動き回る真美の前に現れたのは見知らぬ痩身の男だった。




