「壊れた歯車」06
(結局昨日のは夢、で良いんだよね……変な夢だったな)
自らの席に着き、溜め息を吐く。こんな事をしていたら、いつも――
「やっほー、まーくん! あれ? 元気ないね?」
いつもの事、奏にバシバシと容赦なく叩かれるのである。だが今はこの元気さが心地良い。かと言って叩かれるのが痛くない訳ではないのだが。
「イタッ、痛いってば……」
「ん? あ、ゴメンねー。そうそう隣のクラスの子に聞いたんだけど、今日諸星のやつ休みなんだってね。珍しい事もあるわ……雪でも降るんじゃない?」
「昴が? ……それは珍しいね。でも、なんでそんな話に?」
「……あいつ結構有名でしょ? 色々と。だからどんな人かって聞かれて……ってまあそんなのはどうでもいいのよ。さてさてー」
隣の席に腰を降ろし、鞄の中を探り始めた奏。そして取り出したのは、コンビニ袋と水筒だ。
「やっぱり朝練の後はコレに限るね! まーくんにもあげよっか? 欲しい?」
さすがは陸上部のエースと言うべきか、奏は毎日朝練を自主的に行っているらしく、雨が降っている日でも体育館で練習をしているみたいだ。護にとって問題だったのは、彼女が袋の中身、ある食べ物である。
「うっ……インスタントラーメンは今日はもう見たくない気分だよ」
「何で? 美味しいよ? 新発売だから食べた事ないけどねー」
水筒に入れて持って来たらしいお湯をインスタントラーメンのカップに注いでいく。どうやらトマト味なる物のようだ。護はそれを見るだけで胸焼けが酷くなったような気がした。どことなく奏と真美は似ている、そう思えてきた護である。
「いぃよぉう紅野!久しぶりだな!」
今度は誰だろう、と出来上がりを楽しそうに待つ奏から視線を外し、自分を呼んだ人物へと首を向けた。
「あれ、嵩田君? 同じクラスだったの?」
「おうよ! 実は昨日な、後輩が変なのに絡まれてるの見つけてな? そいつら懲らしめてたらガッコの時間過ぎてたんだよー」
「あはは……相変わらずだね」
この見た目怖そうな少年は嵩田 隼士。茶色に染めた髪をワックスで立たせ、左耳にはピアスを、首にはネックレス。そして何より昴の悪友で、見た目通りの不良である。
学校も授業も平気でサボり、派手な喧嘩をしては警察に追われ、それでも難なく進級出来ている。何やら理由があるらしいが、詳しい事は聞かれたくないらしい。こうして見ると、護との接点は何も無いように感じられるが、それはまた別の話である。ともかくこれでも進学校の生徒なのだ。成績は置いておいて、意外性で言えば学年問わずトップクラスだろう。どうやって入学したのか、それさえも疑われる。
「うわ……何であんたが居るのよ……」
あからさまに嫌な顔の奏を見た途端、隼士の表情が変化。
「いやー奏ちゃんも久しぶり! そんな顔も素敵!」
隼士は単純に、奏の事が好きなのだ。何百回と告白しては惨敗。それでも諦めないのはこうやって適当にあしらわれていると感じながらも鋼の精神で話しかけているからだろうか。それを目の当たりにした他の生徒はドン引き。只でさえ容姿が怖いのに、別の恐怖が身を竦ませる。
「ああもう……三分経ったからどっか消えてよ」
「そうはいかないぜ。その使い終わった割り箸は……っと何だよ電話か? あーぃ隼士だけど?」
どうやら電話が掛かって来たらしい。面倒くさそうに相槌を打つ隼だったが、話が進んでいる内に連れて目つきを鋭くしていく。
「わかった。紅野、無双英雄は来てやがんのか?」
電話を終え、護に向き直る。彼の口から出たのは、久々に聞いた無双英雄というふざけたあだ名。現在このあだ名を使うのは隼士くらいではあるが。
「何かあったの?」
「ああ。多分昨日の仇討ちだろ……とにかくあいつは?」
「昴なら今日は休みみたいだよ。行くの?」
「チッ……仕方ねえ連れて行こうかと思ったのに……」
「多分もう行かないと思うけどなぁ……」
舌打ちをしながらも、無言でラーメンを啜っている奏へと気持ち悪いくらいの満面の笑みを送る。
「それじゃ、行ってくるよ奏ちゃん! そうだ、紅野。無双英雄には今度ぶん殴るって伝えといてくれよぉ!」
嵐のように現れて、嵐のように去っていく。彼らしいと言えば彼らしい。
「ぷはっ……まーくんは良くあんなのと話せるね。私なんて同じ空気を吸ってると思うだけでイライラするのに」
「それは……まあ友達だし」
「そういうもん?」
スープを飲み干してから隼士の陰口を言う奏。隼士は余程嫌われているのだろうか。その割には態度こそ変えているが普通に会話しているようにも見える。
「ホラ、みんな座れよー。来る前に嵩田に会ったんだが……何か知らないか?」
いつの間にか担任が来ていたらしい。最後に知らないなら別に良い、と付け加えてからホームルームを始めた。良くは無いはずなのだが。