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Promise―桜色の約束―  作者: 吹雪龍
第2話
58/160

「異能の世界」29

*****



 過去と向き合う。口に出すのも、字にして書き出すのも簡単だ。しかし、それが辛い過去ならば、思い出したくも無いはず。忘れたい、無かった事にしたいと思うのが常だろう。護自身も心の底ではそう思っているのかもしれない。

 手掛かりを発見してからは早々に課題を片付け、休憩がてらベッドに横たわっている。シンプルな一室。テレビも無ければゲームも置いていない。あるのは勉強机とベッド、本棚に並べられた辞書や参考書の類。成績優秀な護らしい部屋だろう。天井を見詰め、考えているのは先程の住所の事。


「電車で一時間くらいだったかな……」


 護の住んでいる海門市からはそのくらい掛かるらしい。あまり遠出をしない護でも分かるその場所。あくまでも地元の駅からの所要時間だけだが。そこに何があるかは分からない。しかし不思議と調べようとは思わなかった。調べる事が怖かったのかもしれない。ふと右手を伸ばしてみた。何の意味も無いが、じっとしていると思考が泥沼に嵌ってしまいそうだったからだ。

そこで護はある事を思い出す。右手。蝕に当たって傷が出来たはずだ。体の中を熱い何かが駆け巡ったような感覚も残っている。そうだ、掌に傷を負ったはずだと上半身を起こして視界に入れる。


「傷が……ない……?」


 護の記憶では出血していたはずだ。その後すぐに気を失ったため正確ではないのかもしれなかったが、蝕の棘のような体毛に触れたところまでは正確に覚えている。しかし、そこからは思い出せない。ただ、鈍い痛みが護の頭を揺らす。思い出す事を拒否しているような。乗り物酔いにも似た感覚を味わいながら、護はもう一つの傷を確認する。それは朝方見付けたもの。


「そうだ……確かこっちにも……」


 上着を捲り、腹部を晒す。痩せた体。筋肉などとは無縁なその脇腹に視線を投げる。何かに掴まれたような傷があった。


「……」


 朝までは。寝惚けていたのか。いや、そんな事はない。あの時はしっかりと覚醒していたのだ。見間違える訳がない。それではただのシャツによる皺だったのか。


「これは……どうして……」


 特別傷の治りが早かったりする体でも無かった。ここで考えられる可能性は、やはりこの世界に触れてしまったからだろうか。自分が気を失っている間に何らかの治療が行われたという推測。


「ありえない……って言い切れないけど」


 異能力がある世界なのだ。そのような不可思議な方法での治療法もあるのかもしれないし、無いのかもしれない。知らない内に助けられて治療を施された、と。それならば傷が無くなっている事にも辛うじて説明が付くだろう。それに傷が無かったのは自分だけではない。昨晩の戦闘で傷を負っていた聖羅も朝には完治していたようだった。やはり『研究所』の力は計り知れない。


「だからなのかな……関わるな、って言ったのは」


 白いローブに仮面を付けた男女の判断が出来ていないホワイト。得体の知れない者に近付くなという事だったのだろうか。しかし、その言葉は既に裏切ってしまった。知られたら襲われるのかもしれない。いや、と護は否定する。意外と悪い人間ではないのかも知れないだろう。短い時間ではあったが、言葉を交わして、分かった気がするのだ。これがお人好しと言われる所以なのか。

 そんな事を思っていると、勢い良くドアが開けられる。普段なら階下から足音が聞こえるはずだが集中していたためか全く気にしていなかった。 ドアを開けたのは勿論真美。


「お兄ちゃんご飯だけど……」


 言いかけて止まる。笑顔だったのが次第に顔から表情が消え、何かを悟ったかのように目を閉じ、一言。


「うん、ごめんね。お兄ちゃんも男の子だもんね」


 腹を剥き出しにしている護を見て、何かを感じ取ったのかもしれない。当然の事ながら勘違いではあるのだが、本人は気付かない。


「ちょ、ちょっと何か大きな勘違いをしてないかな――」


「良いの!内緒にしておくから!それじゃあご飯があるからいつでも来てね」


「待って……!うぅ……参ったなぁ……」


 来た時とは正反対。至って静かに。しかし、ドアが閉まってから逃げ出すような足音が聞こえてくるではないか。大変な事になった、と護は顔を顰める。だが既に解決方法は見えていた。


「あとでコンビニでも行って来よう……」


 物を買ってあげれば意外とすぐに収まる事を何度も経験して知っているのだ。


「よし、動こう……」



*****

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