「異能の世界」22
言われてみて、記憶を辿る。温かい記憶だ。明るくて広いリビング両親に優しく見守られている構図。しかし、思い出せなかった。過ごしていただろうその家の場所を。言われるまで考えた事も無かった。一体どこで、どのように暮らしていたのか。自分の居場所だったのに。
[ほら、ね?]
「武蔵さん、あんまり彼を……」
[うちがどんな場所なのか、知ってもらわないと。調べようと思えば何だって調べられるし、作ろうと思えば何だって作れる!それが!この『研究機関』!]
「そうは言うが未だに蝕の生態すら掴めてないだろうに」
どうやらこの場では自分を擁護してくれる人間は居ないのだと理解した武蔵。息を吐きながら次の言葉を放つ。
[ああはいはいそういう、ね……でも良い上司はここで怒らずに頑張っていこうと思いまーす!それで?今日はどんな用件で?]
「前置きが長過ぎる」
[だから今から本題に入るんだろう?もうせっかちだなぁ]
「実際長かったけどな」
護が必死に家の場所を思い出そうとしている中、この二人は相変わらず論戦を繰り広げている。どうも反りが合わないようだ。大和が一方的に嫌っているような感じも受けるが。
「それでその、紅野くんを『研究所』の一員として――」
[ああその件ね!なんとなぁくそんな気がしたからもう申請出しておいたよ。多分明日には正式に決まるんじゃない?]
「どうして漏れてるんですか……」
[だってさぁ昨日の時点で三人であの場に居たでしょ?これは新たな仲間が出来た!と思うじゃない?]
この人は仕事が出来る人間なのかもしれない、そう思える瞬間でもあったが聖羅としては昨晩の情報がほとんど渡っている事に不快な顔を見せる。やはり、『研究所』に隠し事は不可能だ。
[で、一応所属としては……開発班で良かったんだよね?]
「なんでそこまで知ってるの……?」
[当然の事だ!僕は何でも知っているんだよ!だから聖羅、大和。君たちに聞きたいね。本当に開発班で良かったのかな?変更なら僕の権限でいつでも出来ちゃうけど?なんと言っても僕はプロフェッサームサシだから!]
含みのある言い方だ。それではまるで、何が起きているのか知っているようではないか。
「ああ。彼は開発班で良い。俺の補助をして貰うつもりだ」
「大和……」
相も変わらず自分の話なのに置いてけぼりを喰らっている事に不安感を抱くが、ここまで来たら後戻りは出来ない。『研究所』の一員になるのだ。しかしここで引っ掛かるのはホワイトの言葉。関わってはいけない、と。それは危険だからだろうか。確かに蝕に襲われて命を落としてしまう可能性も生まれる。それだけの理由なのか。護だけを助けようとした理由は何だ。謎は深まる。だが、自分一人の力では何も進まない。
[ふーん……まあそこまで言い切るならそれでも良いけどね。どう転ぶかは分からないよ。じゃあ最後に本人の意見は?本当に僕たちと一緒に来るんだね?日常の輪から踏み外してでも。二度と、戻れないよ]
日常。そこから外れるという事は自身を危険に晒す事。怖くて堪らないだろう。だが、それでも前に進まなくてはならない。既に関わっているのだ。逃げ道など存在しないのではないか。
「もちろんです。僕は、知りたいんです……真相を……!」
声は震えていたかもしれないが、それでも良い。恰好悪くても意思が強ければ良いのだ。それで十分、理由になる。