「壊れた歯車」05
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何の変哲も無い無機質な音が寝起きの頭に響く。朝を迎えたという合図。今日も一日が始まるのだ。
「夢……かぁ……」
携帯のアラームを止め、妙に現実味を帯びていた悪夢の感覚を思い出す。しかし、思い出せない事があった。昨日の帰りの記憶だ。
「とにかく起きないと――」
護が上体を起こし、背伸びをしていた時だった。
「お兄ちゃん! 早く起きる! ってなーんだ起きてるじゃん」
無駄に力を込めて勢い良く開け放たれたドアの前に立っていたのは護の妹。と言っても親戚の関係ではあるが。親戚であるからこそこのように護と違って明るい、のかもしれなかった。
「可愛い可愛い真美ちゃんがお兄ちゃんの為に朝ご飯を作って上げたんだから。さっさと起きて食べに来てよね」
「自分でそんな事言っちゃうんだね……」
「んーだって名は体を表す、だよ!」
人差し指を顎に当て、思案した結果が今の発言らしい。本人としては会心のカウンターだったらしいが、それをぶつけられた護は頭を抱えているではないか。
「それ、使い方間違ってるからね……? 大丈夫……?」
「え、違うの!? お母さん間違ってたのかあ。ま、そんな事はどうでも良いよねー」
切り替えが早い妹なのだ。しかし護が心配なのは彼女が来年、高校受験をしなくてはならない事。
「お兄ちゃん、昨日いつ帰って来たのさ? 珍しいよね夜遅くまで出歩いてるなんて」
「……僕は、いつ帰って来たっけ?」
「それを聞いてるんだよ。もしかして……ええっと、そう! 物忘れ?」
多分それを言うなら記憶障害か何かだよ、とツッコミをしてからようやく立ち上がる。特に体に違和感は無い。やはり、夢だったのだろうか?
「ほんとに大丈夫? 何かあったんなら相談に乗るよ?」
「ううん、気にしなくても大丈夫だよ。ちょっと勉強し過ぎて疲れてただけだと思うから」
「出た出た優等生発言! まったくお兄ちゃんは相変わらずスゴいなあ。尊敬するよね。よしよし」
あまり優等生だなどと言われるのは好きでは無いが、この様に素直に感心してくれるのは本人としても嬉しい。だが仮にも尊敬しているのであろう兄の頭を撫でるのはどうなのだろうか。
「それじゃ、早く降りてきてよー」
まだ昨日の妙にリアルな夢が頭から離れないが、今はとにかく切り替えて行動するしかない。高校二年生の初めての授業だ。どうせ名簿の最初から当てていく先生が何人か居るだろうし、と制服に袖を通しながら時間割に視線を投げる。
「っ……ふうー……頑張ろう」
何に対しての言葉なのかは自分でも知らない。でも、そんな気分になったらしい護。
「お兄ちゃーん! 冷めちゃうよー?」
「あ、うん。今行くよ」
せっかく真美が作ってくれた朝食だ。冷めない内にと足早に階段を下り、リビングへ。
「……」
テーブルに置かれた物を見て、絶句。言葉を失くすとは恐らくこの事を言うのだろう。
「どしたの? 食べないの?」
「い、いやそうじゃないんだけど……」
もくもくと立ち上る湯気。それに乗せられて鼻孔をくすぐる香り。食欲をそそられる、のだが。
「朝からインスタントラーメンって……」
護はこの後、胸焼けに苛まれる羽目になってしまった。