「異能の世界」19
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「ん……」
護が目を覚ました。視界は黒い。黒、と言うよりもどちらかと言えば紫に近いだろうか。濃い紫。毒々しい色だ。しかし、ここがどこなのか見当も付かない。それから少し遅れて自分が寝かされているのだという事に気が付き、体を起こす。
薄暗い室内に一点だけ光る部分。カウンター席だ。その奥には色鮮やかな瓶が多数並べられている。ぼんやりとした頭でも理解出来た。ここはバーと呼ばれる場所なのではないか、と。しかし一体何故自分には無縁そうな――良く考えてみたらそうでもないかもしれないと思うがここは伏せておこう――場所に居るのか。気を失う前、護は蜘蛛に似た蝕と対峙していた。対峙、とは言うが圧倒され、気圧されていただけなのだが。棘だらけで不気味な触角が迫る中、後退する事も出来ず。
「それ、から……?」
護の記憶はそこまでだった。どうなったのだろうか。それに、あの時吹き飛ばされたホワイトは。辺りを見渡すが、どうもその形跡は見当たらない。あったのは自分の鞄、それと同じ通学鞄が他に二つ。同じ学校の生徒で、護の事を、蝕という存在を知っているのはあの二人だろう。想像するのは容易かった。
「あ、起きたみたいね。ちょうど良かった」
「もうあんまり気絶するなよ?運ぶのは意外と大変なんだからな」
現れたのは予想通り、聖羅と大和。二人の手にはスーパーの袋だ。何かを買いに行っていたらしい。
「す、すみません……」
疲れたように肩を回す大和に申し訳無さそうに頭を下げるが、聖羅がそれをフォローする。ビニール袋をカウンターに置き、ペットボトルを取り出すとその中の一本を大和に投げ付けながら言う。
「良いじゃない大和は普段運動しないんだから」
「頭脳派クリエイターはそんな事を必要としないんだよ」
「太るわよ?」
「問題ない。食べなくても生きる事は出来る。だから太らない」
大和はそれを危なげにキャッチ。それから極論での反論だ。
護はそのやり取りを見ながら状況を推測をする。きっとあの後、この二人が駆け付けてくれて、それで蝕を一掃したのだろう。そして気絶状態になってしまった自分をこの謎の施設に運んだのだ、と。推測とは言うがヒントだらけで至って簡単だが。
「それで……あの、ここはどこなんですか?」
「ああここはね?『出張所』っていう所謂隠れ家的な場所。いつもならここの店主が色々用意してくれるんだけど……」
「今日は不在のようでな。会長に押し付けられて料理をさせられる羽目になった」
「でも、ここ……バー、ですよね?」
普段も使われているのだろう。近寄って並べられた瓶を見てみるが、中身はしっかり入っている。まさかとは思うが、二人も嗜んでいるのか。
「大丈夫よ。お酒は飲まないから。さすがにそこはしっかり弁えてるわ」
「夜中にしか開いてないからこの時間には客が来ない。好き放題っていう訳さ」
慣れた手つきでカウンターの奥からカセットコンロと調理器具一式を拝借する大和。どうやら本当に料理をするようだ。
「あの、それと……あの後どうなったんですか?」
「うん。今からそれを『研究所』の人……?まあ人ではあるのよね……その人と話そうと思ってるの」
大和が持ってきているパソコンを開き、起動する。テレビ通話でもするつもりなのだろう。何故疑問系だったのかは予想出来ないが、それでも護にとっては初めての事だ。少なからず緊張してしまう。




