「異能の世界」18
「一体どうした……わざわざ危険に突っ込みたくないんだが……」
少年を抱えたまま大和はゆっくりと、忍び足で近寄ってくる。どうやら蝕による反撃の可能性に怯えているようだ。そのせいか、あくまでも聖羅の影に隠れるようである。
「ねえ、あれって何だと思う?」
「あれとは?」
指差したのは蝕の右手。手首から先の無くなったそれがどうしたと言うのだろうか。そう思い土煙を上げる中、眼鏡の奥の目を凝らす。
「なあ会長……さすがに火事まで起こされると赤字が増えていくぞ……」
そこにあったのは燃え盛る炎だ。無くなった腕をそのまま呑み込もうと次第に肩口まで伸びていく。
それを見た大和はその原因を聖羅の力だと判断。何かに引火したのだろう、と踏んでの答えだ。
「わ、私のせい!?」
「そうだろう?電撃による火災……広がる前にどうにかしてくれ」
「違うってば!そもそも私の“招雷”に発火作用なんて――」
悠長に言い合いをしていたのが蝕の聴覚を刺激したのか、雄叫びを上げながら立ち上がる。
その予兆を察知した大和。既に後方へと走っているではないか。さすがに戦わないだけで危機を察知するのは得意なようだ。
「それじゃあ会長。後始末はしっかり頼むぞ」
「ちょっと!ホントに私じゃないって……あとで覚えときなさいよ?」
信じてくれない大和にいい加減痺れを切らした聖羅。体の周囲に青白い電撃を撒き散らす。どうやら感情の起伏と同調しているようだ。つまり、それが意味するのは怒りか、はたまた別のものか。しかし、聖羅が今気に掛けているのは蝕を焼き尽くそうとしている炎。気のせいか自分の能力に似たような気配を感じる。まさかとは思うが。
「あの子……能力者なの?」
運ばれていった少年。そう言えば名前も知らないが、ネクタイの色で二年生だと分かる。きっと後々大和が調べてくれているはずだ。それならばここに迷い込んだ可能性も理解出来る。何と言っても能力者にはこの空間はいつもと同じようにしか見えないのだから。
「――!」
蝕の口から言葉のような音声が発生する。意味こそ分からないが憎しみや怨念、呪詛などという言葉が似合うだろう。血が流れる頭を抑えながら聖羅へと――いや、聖羅の事など見ていなかった。その赤い眼が映しているのはずっとあの少年。聖羅の事など気にしてもいないのか、ふらつく足で追い駆けようとする。店の看板を左手でもぎ取り、力任せに投擲しようとする。
「大和!」
動きを止めようと電撃を放とうとした。しかしその必要はなく、目の前で蝕の断末魔を聞く羽目に。
「これは……熱っ」
先程まで消える事なく燃え続けていた右腕が、突如として蝕の全身を焼き尽くしたのだ。その手に掴んだ鉄製の看板が融解し、赤熱した溶岩のように流れ落ちる。轟々と燃え上がる炎。凄まじい熱量だ。勢いは衰える事無く、むしろ増しているように見える。天まで届かんとするその炎。
聖羅は直感した。これも自分と同じ異能力だ、と。そしてこれを起こしたのは紛れも無く彼だ。だが、彼自身は今意識を失っている。そうすると、これは能力の暴走か。
瞬く間に蝕の姿は濃密な炎の渦に呑み込まれ、消えていく。どこかにあるであろう世界間の亀裂もこれで閉じるはず。
響き渡る耳を劈く悲鳴。
この力、野放しにしておく訳にはいかない。どうにかして、こちら側に引き込まなければ――
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