「異能の世界」17
血溜まりを見てまさかやってしまったのか、助けるのには遅かったのかと息を呑み、急いで少年の元へ駆け寄る。
巨大な蝕は失った右手を抑え、悶え苦しみながら暴れだす。その隙間を掻い潜って聖羅は近付いていく。勿論ここでの追撃も忘れてはいない。すり抜けながら足元へと電撃。
倒れ込む蝕。周辺の店舗を破壊しながら地面へと衝突。土煙を巻き上げ、地団太を踏むように苦しむその姿はまるで人間のような動きだ。
その混乱に乗じて血溜りの中心に居る少年の傍へ。
「良かった……まだ生きてる……!」
微かだが呼吸はしているようだ。それならばここから退避させて治療すれば何かしらの情報を得る事が出来るはず。しかし、聖羅の素の腕力では意識の無い男子を運ぶ事が出来ない。確かに能力を使えばそれなりに動かす事は可能だろうが、動きが鈍くなってしまう。そこを襲われればまともに立ち回れるとは思えない。だが、それはほとんど心配していなかった。
「お、ちょうどいいタイミング。ナイスよ大和」
「会長……何でうちの生徒がここに居るんだ?」
見計らったかのように現れたのは大和だ。小脇にはいつものようにパソコンを抱え、血溜りに晒されている少年を怪訝そうに見詰めている。
聖羅は汚れる事も厭わずに少年を抱え上げ、大和の方へと突きつけた。
「そんな事はどうでも良いからちょっとこの子運んでくれる?」
「どうでも良いのか……?ところで、あっちは?」
仕方ない、と割り切ったらしい大和。血に濡れたブレザーを脱がせ、投げ捨てると少年を背中に。それから倒れて、暴れるを繰り返す蝕を指差して質問する。
「目は潰してるから直接的な行動は無いと思うんだけど……もちろん一思いに還してあげるわ」
「そうか。それと悪い知らせだ。計算した結果、やっぱり今回は赤字……空間遮断、それと修復。『研究所』頼みは負担が大きい。あれを還したとしても返上は難しいな」
「もう……何でここで言うの?」
「どこで言っても変わらないさ……じゃあ俺はこの少年を運ぶ。後は頼んだ」
そもそも今回ばかりはほとんど出番が無かったのだ。何故来たのか、と言われればそれは聖羅が無茶をしないように見張るという義務感のようなもの。あくまでも仕事だ。
「はいはい、任されました……」
会話を終えると聖羅は蝕へと向き直る。じたばたと痛みに悶える漆黒の体。体を貫かれたのがそれ程の痛みを伴ったのか。しかし、このように激しく暴れるものを聖羅は知らない。ほとんどの場合、怒り狂って襲い掛かって来る事の方が多いのだ。しかし、この蝕は何もしてこない。一体、蝕とは何なのか。様々な個体を見てきたが、一切分からない。もしかしたら『研究所』は知っているのかもしれない。聞いたところで教えてくれはしないだろうが。
「ん……?あれって……ちょっと!大和、こっち来て!」
何かに気が付いたらしい聖羅が慌てた様子で大和を呼ぶ。聖羅の視線の先、そこに映るのは相変わらず蝕の体。そこに何があると言うのか。




