「異能の世界」16
「うちの制服……?でも、どうして……?」
蝕の巨大な手中。握られているのは、見た事のある制服を着た男子。聖羅の言うように柳街第一高等学校に通う生徒である。しかし助けずに様子を窺っているのは理由があった。蝕を隔離する異空間を発生させる、という事は関係の無い一般人は完全に排除されるはずなのだ。だが現にこうして巻き込まれている。だからこそ顔を顰め、思考を巡らせる。
「罠っていう可能性も……」
今までこのような事例は聞いた事がない。『研究所』の失敗か、はたまた何者かによる工作か。判断はとても簡単だ。捕まっている彼の反応を見ていれば良いのだ。
「それは無いようね。じゃあ――」
最大の力で蝕を撃ち抜く事は容易く出来る。だがそれでは一般人に被害が及んでしまう。そもそも彼は一般人なのかという疑問が浮かぶが。それは後々聞き出しておけば良いだろう。大和にでも任せれば、と安直な考えだ。
手中の少年は痛みと恐怖で意識が朦朧としているようだった。万力の如き力で全身を押し潰されながら、それでもまだ諦めようとはしていない。多少でも体を動かして必死に抵抗している。しかし、それもいつまで出来るのか。口の端から赤い液体が漏れていく。その量が多くなる度、少年の動きは弱々しくなる。
今、聖羅がやらなければならない事、それは簡単だ。少年の救出。手始めにあの腕を切り落としてやろうではないか。丁度周囲には武器になりそうな物がこれでもかと置かれている。だが、普通に使うだけでは蝕にダメージを与える事は不可能だ。その為に、この力がある。
聖羅が目を着けたのは鉄パイプ。この商店街では相応しく無さそうな代物だ。その近辺に置かれているのは白い布。きっとテントでも建てるつもりだったのだろう。それに用いるのであろう鉄パイプが何本も纏めてある。紫電を伸ばしパイプに纏わせると、それらを操作。音も少なく空中に浮かばせる。
「さあて……!」
異変に気付いたのか、今にも少年を口の中に放り込もうとしていた腕が止まり顔が回転。血に濡れたような赤い三眼が聖羅を捉える。不揃いの牙がぎらつく口。何かを言おうとしていたのかその口が動き出す。それと同時、眼の一つに鉄パイプが突き刺さる。額中央に深々と。
少年を握っていた手がこれで緩むはずだ。更に手首に数本撃ち込む。血こそ流さないが、耳を裂くような悲鳴が轟いている。音圧だけで周囲を破壊するような強烈な悲鳴。
「これで、落としなさい!」
駄目押しの一撃。突き刺さった鉄パイプに電撃を放つ。想像も出来ないような痛みが襲ってきているはずだ。予想通り、少年をその鋭い爪の生えた手中から奪還。しかし、問題が発生した。このままでは落下の衝撃が強いのではないだろうか、と。確かに聖羅の能力である“招雷”は遠隔地への攻撃は得意だ。だが、それを救出に使う事が出来るのだろうか。
電撃によって穴の開いた蝕の手。筋肉の繊維なのか皮膚なのか判別は出来ないが、その細い糸状のモノは次第に切れ始めている。落ちるのも時間の問題だろう。
聖羅の心中を察したかのように、重さに耐え切れなかった巨大な手が少年を追うように地面へと向かう。そして数秒、潰れるような音と共に着地。赤黒い液体が少年を中心に広がっていく。




