「異能の世界」15
複数の氷の鏃。それが空気を切り裂き、冷気を放ちながら聖羅へと向かって飛ばされる。冷たい意思を秘められた鏃は標的を確実に仕留めるべく近付くに連れていっそうその切っ先を輝かせた。
しかしそのような状況でも聖羅は動じない。溜め込んだ紫電を、解き放つように右腕を横に振る。髪が靡くと同時、閃光が迸り眼前に迫っていた矢は全て霧散。水蒸気が視界を曇らせる。追撃として更に聖羅は電撃を放つ。凄まじい速度で流れるそれは立ち上る水蒸気に穴を開け、吹き飛ばしながらホワイトへ。だが――
「……ごめん、逃がしちゃったみたい」
手応えは、無かった。視界の邪魔になっている蒸気が徐々に晴れていくとその言葉の意味も分かる。先程までそこに立っていたはずのホワイトが姿を消していたのだ。穿ったのは何もない地面のみ。顔に纏わり付く髪を払うと、大和の方へ向き直る。護はやはり気を失っているようだった。
「それにしても会長。これは少しやり過ぎではないのか?」
「何よせっかく人が謝ってるのに……それに、そんな事をした覚えはないわ」
「そうか……では……」
「ええ。可能性が高いわね」
二人が視界に捉えているのは先程殲滅した蝕の残骸である。砕けた氷、穴の開いた地面。それだけではなかったのだ。残骸の一部に燃え上がる炎。うっすらと黒煙が昇るそれを見ながら二人は言葉を交わす。
「本人には自覚が無いようだが」
「それが問題よ。下手に暴走でもしたらどうするの?」
「……そのために俺たちが居るんだろう?」
「そうね……でも当分伝えない方向でいきましょう。いきなり知っても困るだけだし」
大和は護を抱えながらパソコンを操作する。そこには昨晩のこの公園の状態が表示されていた。これから修復作業に入るのだ。あくまでも昨晩と同じ状態に戻す為、先程とは多少の違いが生まれる。 壊れたベンチも穿たれた地面も元に戻り、燃やされた草木も緑へと変化。逆再生される光景。そして同時に閉じられる蝕の出入り口。
「今回は出てこないみたいね」
「あんなのがそう何度も出て来られたら困るんだが……」
昨晩遭遇した機械の人形。あれも蝕なのだろうか。その疑問の答えになりそうな情報は持ち合わせていない。
「次はしっかり私たちが回収するわ」
「そう、だな。結局奴らの事も分からず仕舞いだしな」
「何?その私が取り逃がした、みたいな目は?」
「……気のせいじゃないか?」
眼鏡で太陽光を反射させ、指摘された目を隠す。これならば見えまい、という事なのだろう。そしてモニターには完了の二文字。周囲を見渡し異常が無い事を確認すると、大和はパソコンを折り畳む。ひとまず仕事は終了のようだ。
「それで、これからどうするんだ会長。生徒会の仕事も投げ出したままだが……」
「どうせあれくらいなら休み時間にでも出来るし……他の人も頑張ってるから大丈夫でしょ。という事で今日は彼を『出張所』に連れて行くわ」
「一応聞くぞ……誰が運ぶんだ?」
聖羅はくるりと半回転。少しだけ振り向いて笑顔を見せてこう言うのだ。可愛らしく。
「こんな事頼めるの、大和しか居ないじゃないっ」
この笑顔があれば大抵の男子は狂喜乱舞するだろう。それ程までの破壊力があるのだ。しかし大和には全く効かない。何故なら散々その笑顔に振り回されてきたのだから。
「はあ……」
パソコンを小脇に抱え、護を背負う。この役目はもう慣れっこのようだ。
聖羅の言う『出張所』というのは一体どのような所なのか。気を失っている護には想像も出来ないだろう。目が覚めてからの反応が楽しみである。
「それじゃあ……レッツゴー!」
「楽しそうだな……ちょっとは手伝って欲しい……」
腕を天に突き上げながら歩く聖羅。見た限りでは先程までの出来事に全く動じていないようだが、心中は思うところがあった。それは護が巨大な蝕に襲われていた日の事だ――
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