「異能の世界」14
触覚が体に迫っている。それに触れてしまえば一環の終わりだろう。護の体など容易く引き裂いてしまうかもしれない。はたまた垂れ落ちる液体が強い酸性を帯びていて融かされるかもしれない。逃げる術を考える間もなく思考は恐怖の泥沼へと落ちていく。
吹き飛ばされたホワイトは崩れた体勢でそれを視界に入れていた。動こうにも痛みで体が動かない。確かに特殊な能力は持っている。しかし、それでも人間は人間だ。再び氷の柱を出現させれば止める事は可能だろう。だがそれを発動するには自身の精神力の問題もある。痛みに支配されている状態ではまともに冷気を出す事さえ適わない。
「っ……危険に晒したのは自分じゃないか……!」
関わるな、と言っておきながらこの様である。余計に巻き込んでしまっているのだ。その事に対しての怒り。砂を掴んでゆっくりと立ち上がる。仮面の下で息を吐き、掌を前に左腕を伸ばす。あの蝕の動きさえ止めてしまえば、彼を助けられる。
――視界が赤く染まる。意識が遠のく。体が熱い。
ホワイトが冷気を集め、空中に氷を形成し始めた時だ。蝕と護の間に輝く一筋の光が降り注ぐ。それは轟音と共に触覚を打ち砕き、次いで降る一撃で本体を串刺しに。完膚なきまでに叩きのめそうとでも言うのか、本体を執拗に攻撃。複数のクレーターが体に刻まれ、次第に消し炭になっていく蝕の体。
「良かった……!間に合ったみたいね!」
煙を巻き上げて現れたのは聖羅だ。長い髪を靡かせ、颯爽と登場。それを見てか見ていないかは分からないが、護は気が抜けたのか倒れ込んでしまう。
「ちょっと大和?何で支えてあげないの?」
「……?男子を抱く趣味は無いのだが?」
「そういう問題じゃないでしょう?」
後方から遅れて来たのが大和。昨晩と同じようにパソコンを持参し、何かを行っている。しかしこの二人、いつも通りの反応だ。淡々と仕事をこなしつつ会話に重きを置いているような。
「それで、そこの白いのはうちの紅野くんに何をしようとしてたのかしらね?」
指した先、そのやり取りをじっと見ていたホワイト。いつの間にかその手には透明なナイフ。これも氷で作られているのだろうか。いつでも戦闘に入れる態勢だ。
「別に……忠告はしたはず。彼を巻き込むな、と」
「へえ?この期に及んでそう言うの?」
「……なに?」
「ん、私とやる気?」
離れた距離でも分かるこの殺気。ホワイトは冷気を撒き散らし、聖羅は紫電を走らせる。
そんな中、大和は護の体を抱え、引き摺りながら後方へ。戦闘に参加するつもりは一切無いらしい。
「万全の状態なら負けないわ」
「勝てると思ってるの?」
「何様よ……!」
「何も知らないくせに」
消え入るようにホワイトが呟く。
しかしどうやらその呟きまでは聞き取れなかったらしい。しかし馬鹿にされていたのはニュアンスで伝わっていたようだ。
「そう……せっかく穏便に終わらせてあげようと思ったのに……残念ね」
「最初からそうしようと思ってなかっただろう……」
「大和は黙ってて」
「……はい」
周囲を舞う紫電が密度を増し、聖羅の腕に集まる。
「動きを止めて身包み剥げば良いのよね?」
「そう出来たら楽だな」
「能力者なら死なないでしょ」
ホワイトはその会話をしっかり耳に入れていた。勿論ここで捕まるつもりもない。眠りこける彼の顔を見て、仮面の下で申し訳無さそうに目を伏せ、もう一度腕を伸ばした。
「能力の発生なら既に終わってる」
どこからともなく氷の矢が発射され、聖羅に襲い掛かる。




