「異能の世界」12
この誰も居ない公園にやって来たのは誰なのか。別に来るのは悪い事ではないが、その相手が問題であった。ただの一般人であれば、護もこのように後ずさってしまうことはない。しかしそれが、昨晩猛威を振るった者であればどうだろう。しかも相手の正体は不明。護には対処の術が無い。万事休すである。
その人物はゆっくりと近付いてくる。真っ白なローブを目深に被り、顔にはピエロにも似た仮面を装着した、この空間に異様なまでの存在感を放っている人物。
「君、は……昨日の……」
生唾を飲み込みつつ、恐怖を押し殺してようやく搾り出した一言。その言葉はどうやら相手に届いていたようだ。今更だが敬語でなくて良かったのかと考え直す。これによって刺激してしまうかもしれないからだ。
「そうだよ。名前は、ぁ……今は色々あってホワイトっていうのになってるけど……それは気にしないで。ああ別に今ここでどうこうしようって言ってる訳じゃないんだけど。ただ、話がしたい」
そう言うとホワイトと名乗った人物は両手を上げ、攻撃をする意思は無い、とポーズをしてみせる。
ただそこまで言われたとて護はとても臆病な人間だ。この怪しげなホワイト――性別もどちらか判断出来ない――がどうしても信用出来ない。そして何よりも昨晩の光景が脳裏に浮かぶせいか、怖い。
「無理もない、か……じゃあ、これなら信じてもらえるかな?」
仮面の奥で深く息を吐き、上げていた両手をだらりと下ろす。するとホワイトの周りにこの季節には似つかわしくない冷気が立ち込める。パキパキと音を立てて、舞い散る花弁が凍っていく。その様子を護はただ呆然と見詰めるだけ。ただの数秒。ホワイトの両手には、長さにして三十センチ程度の氷の板……いやナイフ状の物が形成された。
「はい、これ」
「え、え?」
「何かあったらこれで刺してくれれば良いから」
「刺す!?僕が!?」
それを護に差し出す。意味は分かるのだが、この場合どういう判断をすれば良いのだろうかと護の頭は混乱状態。
「うん……あなたを信じるから。信用して貰えないのはわかってる。だからこれは持っても持たなくても――」
「……じゃあ、持たないよ」
そもそも自分に相手を疑うだなんて行為は苦手だと重々承知しているのだ。ならばこうするしかないではないか、と心の中で納得させる。今にも恐怖に負けて逃げ出してしまいそうではあるが。
「まったく君はどうしてそんなにも――」
「何か、言った……?」
「ううん。隣、良い?」
氷のナイフを霧散させ、取り巻いていた冷気も無くなった。次に取った行動は、護の座っていたベンチを指差してきたではないか。得体の知れない相手と話す事になるとは思わなかった。故に訳もわからず護は頷いてしまう。そしてベンチを譲る。所在無さげに棒立ち状態の護を見たからなのか、ホワイトがぽんぽんとベンチを叩くので鞄を抱え、ゆっくりと座る。
「あの、話って……?」
無言でいるのも怖くて仕方なかったのでとにかく話しかけてみた。そもそもこの人が話があると言って来たのでは、と疑問が浮かぶがそれは気にしない事に。
「簡単だよ。君は、“こっち側”に関わっちゃいけない……だから、あの人たちに付かない方が良い、って教えに」
「それは……会長たちの事、で良いんだよね?」
「そう。あの人たち『研究機関』だけじゃないの。もちろん私たちのような『救世主』にも」
「じゃあ、君はどうして――」
『救世主』、聞いた事のあるような単語を耳にしたその時だった。護の視界は急激に狭まる。




