「異能の世界」10
二人の目的地はオフホワイトの外壁にトリノブラウンという茶系の屋根を持つ、極一般的な二階建ての一軒家である。外から眺めてみるが、カーテンは開いているのに人気はない。
「諸星ー居るー?居ないのー?」
気付くと既に隼士がインターホンを押して呼び掛けているではないか。全く以って行動が早い。随分とフレンドリーな呼び掛けだったが、本人ではなく家族の誰かが出ていた場合どうしたのだろうか。
「んー……居ないみたいだな……」
「そうみたいだね。じゃあ帰る?」
「いや!連打してみるぜ!まだ負けてない!」
「それはどうかと……負けってなに?」
言ってるそばから動き出す。彼の持ち味なのかも知れない。
そして一押し。反応無し。
二押し。これも駄目だ。
「三度目の正直ってのもあるくらいだからな!よっしゃ行くぜ!」
「ねえ、さすがにもうやめておいた方が……」
ならば三回目。
「すみません……今立て込んでて、どちら様ですか……?」
漸く反応あり。女性の声だ。母親だろうか。後ろを向いてガッツポーズ。そして押しまくった張本人は、護の後ろに回り込みぐっと前へ押し出す。どうやら対応は任せるという意味らしい。
「何度もごめんなさい。えっと、昴は……」
数秒の沈黙の後、返答が来た。
「スバル君のお友達?」
「はい、そうです。学校来てないのでどうかしたのかなと」
「やっぱり……」
「ん……やっぱり……?」
耳聡い隼士はその言葉を聞き逃さなかったが、声の主はそこへ言及する事無く、言葉を続ける。
「ごめんね?あの子はちょっと出――具合が良くないみたいで!せっかく来て貰って悪いんだけど!それじゃあ伝えておくから!」
「え?え?」
「さようなら!また来てね!」
ブツッと通信の切れる音と疑問が残った。しかしここは純粋な護である。この言葉を素晴らしいまでに丸呑み、承諾。くるりと方向転換。
「……うーん。具合悪いなら仕方ないね。帰ろうか」
「パッとしねえけど……俺もこの後用事あるし。来たら聞きゃあ良いよな?ついでに見舞いに来たっていうので何かせびろうぜ」
「あはは……どういう光景になるか目に見えるよ……」
付き合いがあると、分かりたくない事まで分かってしまうのである。それだけ仲が良くなったという証でもあるが。気分を換え、二人は歩き出そうとする。
「そっちに行くの?」
「おう、集会だぜ。紅野も来る?久しぶりにさ」
不適な笑みを浮かべる隼士。彼の言う集会は護も知っているようで、こちらは苦々しく顔を歪める。
「あー……遠慮しておくよ……」
「そっか。じゃあここで別れるか」
鞄を乱雑に肩に掛け、護とは反対側へ。気障っぽい動作が妙に様になるのである。
「じゃな!」
「うん。明日は遅刻しないようにね」
「気が向けばな!」
背中越しに手を振り、颯爽と歩いていく隼士。別方向と決まったらその決定は揺るがないらしい。必然的に護は一人だ。
「僕も帰ろう……」
一瞬、誰かの視線を感じたような気がして後ろを振り向くが、見えたのは遠ざかる隼士の背中や通行人のみ。どうやら気のせいだったらしい。本当は相談したい事が山ほどあったが仕方ない。こればかりは“彼”も解決に導いてくれるとは限らないのだが。
「頼るのも、良くないね……ちょっとは自分で頑張らないとっ」
小さく気合いを入れる。さすがに人前でやるのは恥ずかしいので、心の中でだが。