「異能の世界」08
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意識を戻す。たった数分呆けていただけ。手元のストップウォッチは稼働中。そしてトラックに目をやるとそこには自分の相方が運動部の先頭集団と肩を並べて走っている。特別何かをやっていたというのは聞いた事は無かったが、素直に凄いと思える友人だ。
「どうして、僕なんだろう……」
自分より優れた人間なんてゴロゴロいるだろう。なのに何故自分が巻き込まれてしまっているのか、助力を求められているのか。
ラストの直線。今まで溜め込んでいた力を一気に解き放つ。ほんの少しでも負けたくない、その一心で脚を動かす。ゴールは目前だ。しかし、それは他の生徒も同じだった。最後の踏ん張り。やはりそこはスポーツをしている人間が勝ってしまうらしい。それでも諦められない。
護は手元のストップウォッチを若干遅れ気味で押す。とは言うが遅くてもほんの一秒程度だろう。意識を別の事に集中させていた割には上出来だと自分でも思う。
「あーくっそー!なんだよアイツら最後の最後まで温存しておくとか……あと少しで一位だったのになぁ」
長い髪をガシガシ掻きながら近付いてくる隼士。汗一つかいていないのもさすがと言うべきか。残念そうに唇を尖らせつつも自己タイムを確認すると満足げな顔で頷く。
「ふーん……こんなもんか?……んじゃ交代なー」
「う、うん」
「無理するなよ?そんなに運動得意じゃないんだからさ」
「ありがとう嵩田君。行ってくるね」
端からそんな無理をしてまで上位を狙おうとは思っていない。得意不得意を理解しているから、ある程度の加減が出来てしまう。全力で臨む事が一番良いのかも知れないが。出来ない事は出来ない、と割り切って考えるのである。
(自分の出来る範囲で……やれば、良いのかな……それに僕はもう――)
スタートラインに立つ。もちろんこの走る組にも運動部は居るだろう。それに追いつく事を目標にはしない。それは高望みになってしまうから。届く事、出来る事を確実に。
(――決めたんだ。進むって)
前を見る。合図に合わせて踏み出す。それだけだ。まずは進む事が重要。進んでから見えるものがある、と昨日分かったはずだ。たかが体力測定かも知れない競技だったが、護にはどうやら大きな一歩だったらしい。普段であれば自分の限界を超えようとはしなかっただろう。たった一日やそこらで変われるとは自分でも思えないが、それでも満足出来る結果を生み出した。
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そして気付けば午後の授業も全て終わり、下校時刻となっていた。帰宅部である護は特に学校に残る用事も見当たらないので荷物を詰め、立ち上がる。本当は色々と聞きたい事もあったが、今日は生徒会の職務があるらしいのでそれは出来ない。帰って宿題でも片付けようと鞄を持ち上げた時だ。
「そうだ紅野!ちょっとこれからアイツの家に行ってみないか?」
授業が終わると元気になるタイプの隼士。背後からいきなり首に腕を回されたので何事かと思ったが、彼なら仕方ないと割り切って護も答える。
「んと、誰の家?」
「諸星だよ。結局あの後連絡来てないんだろ?こっちも色々あったから報告でもしとかないとなって」
「要するにお見舞い?」
「ちげーよ。そもそもアイツが体調崩してるかどうかもわかんねえじゃん?それの確認もある」
素直に言えば良いのに、という言葉はここは飲み込んでおこう。
「どうせケロッとしてるんだし、さっさと行こうぜ」
「あはは……だと良いけどね」
腕はまだ首に巻かれたまま。この状態で校内を歩くとどうしても護が絡まれて連行されているようにしか見えないが、隼士の性格を知っている護はその腕を解こうとはせず、足並みを揃えて談笑しながら歩いていく。




