「異能の世界」07
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午後の最後の授業。体育である。しかも厄介な事に体力測定だ。春の暖かい陽気の中、校庭に集められた生徒たち。ここに居るのは男子生徒のみ。どうやら男女別々に行うらしい。そんな体力測定の種目はというと。
「えー今日は男子は持久走だ。あれだ、無理だけはするなよ。気持ち悪くなったりしたら途中退場も構わないからなー。それじゃあ二人組みで片方ずつタイム計るように」
教師から告げられたのはそれだけだった。準備体操を済ませた護は、当然の事ながらまだ仲良くしている人間の少ない周りを見渡す。意外とすぐにメンバーを捕まえていく中、ここは敢えてあまり知らない人間に話しかけて仲良くなると言うよりも、護はやはり知っている人間を選んでしまう。どうやら向こうも最初からその気だったようだが。
「紅野ー!組むぞー!」
さっきまで寝ていたためかとても元気の良い隼士である。体操着を着崩すだけならまだしも改造を施している。具体的に言うなら、裾を広げたり、わざとボロボロ風に仕上げてみたり。本当にそれで走るつもりなのだろうかと思える程だ。
「う、うん。もちろん良いよ。どっちから走るの?」
「そりゃあ俺からだろ。ぶっちぎりで一位獲ってやるぜ!」
「別にそういう競技じゃないよ?」
「それは知ってるけどよお……やっぱり一番になっておきたいじゃん?」
「そういうものかなぁ……」
テンションの高い隼士はやはり周りから浮いているようで、しかも何故か大人しそうな護と仲が良い。不釣合いだと感じる生徒も居るようだが、そこはお互いに気にしていないのだ。友達は友達だから。
「んじゃタイムよろしくなー」
長めの後ろ髪を撫でながら出走する位置へ。やる気満々だ。護は教師から受け取ったストップウォッチを手に、考える。昼休みに彼女に言われた事を。
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「それは……どういう意味でしょう……?」
言葉の意味は勿論分かっている。しかし、どうして、その言葉が自分に適用されるのか。
「そのまんまよ。私たちは、君のために君を育てるの」
「いえ、言葉は分かりますけど……育てるというのは、その……」
脳裏に浮かぶのは蝕と対峙していた聖羅の姿。紫電を走らせるあの勇ましくも美しさのある姿だ。つまりは、異能の力。
「思っている通りなら、異能力の開発ではないよとだけ。どっちかと言うと、戦闘よりも頭脳を借りたい」
そんな不安を掻き消すように、大和は言う。
「頭脳、ですか……?」
「そう。君の学力が高いのは知っているよ。だからこそ、製作を出来る側に来て欲しいんだ」
「まあ大和のやってるのが武器開発とかそんな感じだからそれの手伝いに入ってもらう感じかな?」
別に戦え、と言われている訳ではないのでほっとするが、それでもやはり自分に出来る事なのだろうか?と疑惑は上がる。護は確かに成績が良い。だが、それはあくまでも学校のテストで決められたもの。このような不思議な世界に通用するものなのかは不明である。だが、それでようやく護にも真意が伝わったようだ。ハッとした顔で口を動かす。
「だから、育てる、なんですね」
「正解!」
飛び切りの笑顔で言う聖羅。面と向かってそんな顔をされるとは思っていなかった守るは、前髪で視線と照れを隠す。大和には見付かっていたようでにやついているのが雰囲気で分かった。
「とは言っても別にあれこれ授業していったりはしないから……そうね、急だけど明日の放課後にでも『研究所』の人と話してみましょう」
「手っ取り早くやるんならこっちからも一応アポは取っておこう。どうせ電話になるだろうが……」
「あそこの人たちってホント外に出ないわね。そんなに没頭してるのかしら」
「どうだかな。そういう事だから、今日はゆっくり休むと良い。そろそろ昼休みも終わることだし、ここでお開きか」
言われて時計を見ると、昼休みも残り五分程。教室にギリギリに入るのは気が引けるが、この距離なら仕方ないだろう。いや、仕方ない事ではあるが出来れば注目は避けたい護。
「それじゃ、午後の授業も頑張るんだよ紅野くん」
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