「異能の世界」05
ペットボトルのお茶をほんの少し口に含んで喉を潤す。まるでこれから役員の会議を始めるのではないかという感じだ。内容としてはまったく異質のものではあるが。
「まず、紅野くん。昨日はお疲れ様。夜遅くなったし色々あったけどどこか痛かったりしない?大丈夫?」
「そうだな。いきなりあんなイレギュラーを見せられたんだ。肉体的だけじゃなく精神的にも疲労があるだろう」
聖羅と大和が心配そうに視線を投げてくる。確かに昨日は一気に情報が流れ込んできたし、普段以上に走り回った。疲れている、そう言われてみればそうなのかもしれないが、不思議にもそういった感覚は無い。もちろん疲労度ゼロとまでは言い切れないし筋肉痛もあるが、少なくとも疲労困憊で倒れそうになったりなどは今日半日過ごして一度も無かった。
「確かに筋肉痛はありますけど……そこまで酷い状態じゃないです」
「あははっ筋肉痛って……!久しぶりに聞いたわ!」
「……会長には無縁の痛みだな」
「あのーそこまで笑わなくても……」
運動不足なのは知っているし、そもそも運動が苦手な部類の護だがここまで爆笑されるとは思わずしょげてしまう。
「ご、ごめんなさい……コホン、それじゃあ本題ね」
そんな護を見て、謝ってから本題とやらへ。
「もちろん昨日発生したロボットみたいな蝕、そしてあのいけすかない異能力者の二人ね。特に小さい方!」
「ああ。不可解な案件だ」
「あ、ここからは少しだけ紅野くんは置いてけぼりになると思うけど、後学として聞いておいてね」
可愛らしくぱちりとウインクを飛ばす聖羅。どうやら本人は無自覚でやっているようなので護が赤面するのも露知らず言葉を続ける。大和は気付いているが呆れたように肩を竦めるだけだ。
「時間が無いから率直に。大和の見解は?」
それまでの和やかな雰囲気は何処へやら。まるでこの生徒会室の室温までもが下がったように感じられるほどの冷たい声。そこには鋭い真剣味が籠められている。
「そうだな。授業も一切聞かずに考えてみたが、まずあの機械仕掛けのような蝕。あれはどう考えても人工物だろうな。あんなのが自然に発生するようなら、その世界はきっと人間が居ないのでは無いか?あれ自体がその世界の住人の一人、かもしれない」
近くに置いてあるパソコンを起動しつつ冷静に分析。護の脳裏に移るのは昨晩の出来事。狼に似た蝕が消えた後の、巨大な機械。言うなればロボットのような。
「あくまでも推測論で、その域を出る方法はわからん」
腕を組み瞳を閉じる。考えた所であの“扉”の向こう側がどうなっているかなど知る術がないのだ。
「そうね……他の世界がどうなってるかだなんて実際に見ないとなんとも言えないわね」
「そこが問題だ。だからこの件に関しては『研究所』の上層部に任せるしかないだろう」
「……『研究所』?」
不意に聞こえた知っている単語。質問を挟むのはどうなのか、と思ったがもう口に出てしまった。その疑問を拾うのは聖羅。
「そう『研究所』とか、人によっては『研究機関』とか『機関』とか……まあ呼び方は自由よね」
「我々のような子供が、こんな異世界だとかいうモノに関わっている理由でもあるな」
「お金貰う代わりに仕事してくれみたいなね。そんな契約してるのよ」
そう言いながら指差すのは机に置かれた食料品。それが何を意味するのか守るはすぐに理解出来た。
「ご飯代とか、ですか?」
「うん。あとはちょっとした事だったら融通は利かせてくれるわ。生活費とかね。でも支給額は出来高だったりしてね……戦闘中に物を壊せばそれの修理費とかは引かれてくのよっ」
「特に異能力者、つまり会長みたいなのが蝕への対抗策な訳だが……事細かく説明するにはちょっと時間が足りないか。その『研究所』に所属しているのが我々だ」
言われてみれば大和は知的な雰囲気を纏わせているし、それだけで研究員とも見て取れる。しかし、となると聖羅は何なのだろうか。
「そうね。時間は大切よ。じゃあその流れであの二人の異能力者についてはどうかしら」
まるでその新たな疑問を無視したようだったが、しかし彼女の言う通り時間はどんどん進んでいく。こうしている間にも昼休みと言う時間が終わりに近付いているのだ。だから護も手にしたおにぎりを音を立てないように口に運ぶ。中身は鮭だった。
「そっちも『研究所』のデータに該当なし、だ。見るからに水系と土系だろうが……」
続いてその機械の蝕を一掃した二人。白いローブと仮面で隠された二人の素性。
「水系とか土系とかそんなのいくらでもいるし……それだけで判別は難しいわね。ひん剥いた方が良かったかしら」
「無茶を言うな。どちらもそれなりの熟練した異能力者だろう」
「……それはそうかもしれないけど納得いかないわ」
眉間に皺を寄せる聖羅。どうやら自身の能力の方が勝っているはずだと思いたいらしい。
「……どっちにしても、謎しか残ってないのね」
「残念ながらそのようだ。しかし、当面の目標が出来たじゃないか。しかも結構大きいぞ」
眼鏡に太陽光を反射させる大和。その口元は何故か笑みを作っているではないか。
「大和の言う通りね……紅野くん」
「は、はいっ」
蚊帳の外気味だった護は急に名前を呼ばれて声を裏返してしまう。危うくおにぎりも落としそうだった。
「これから私たちはこの謎の多い蝕と、あの異能力者についての調査を行っていくの。これは『研究所』所属の私たちの仕事ね」
「……はい」
「そして、解明しなきゃいけない謎はまだある……キミのご両親の件だ。これは『研究所』所属の人間としてでなく、あくまで個人で動く。シークレットミッションだな」
護には到底想像もつかない規模を持つであろう所属機関に内緒で動いてくれるのだ。この二人は。とても心強い。
「だからこそ、私たちは――」