「異能の世界」02
*****
珍しく何も考えず頭を空っぽにした状態で朝食を終え、バタバタと忙しく支度をする真美を横目に見送りつつ、護は一人いつもの通学路を歩いていく。新年度が始まり、真新しい制服を着た下級生が大勢だ。たったそれだけなのに何も無い空間が華やいでいるようだった。きっと咲き誇る桜もそれを強調しているのだろう。しかし、護はその光景を見ながら思う。昨夜のような出来事が起こっているのに彼らはどうしてそれに気付いていないのだろうか、と。それは自分も同じ事ではあるが、一体この世界はどうなっているのだろうか。異世界、不思議な力、蝕という怪物。どうして誰もその存在を知らないのか、あれだけの事が日常だったというのに、どうして、どうして……と思考は泥沼へと嵌っていく。きっと自分では解決できない。知らない事が多過ぎた。
「まーくん!おっはー!今日もテンション低っ」
そんな風に自分が悩んだりしていると、彼女は何故か現れるのだ。護にとってそれはとてもありがたい事である。なかなか相談は出来ないが、気持ちは楽になるのだ。
「お、おはよう。相変わらず痛いよ……」
バシバシと容赦なく背中を叩かれるのは最早日課であると言っても過言ではない。ただ加減しているのかしていないのか分からないところだ。しかし気兼ねなく話せるのはとても嬉しい。
「暗いから叩いたら治るかなと思ってね」
「そんな、人を壊れた電化製品みたいに」
「電化製品だとしたらまーくんはパソコンだね!計算とか得意だし!」
「あはは……泉川さん、今日は部活の朝練無いの?」
一時思考を停止させ、奏との会話へと移行だ。女子と並んで歩いているとそこそこ目立ってしまうのだが、よしとしよう。言って彼女の気を悪くしてしまうのも嫌だからだ。
「そもそもうちは朝は自由参加なんだよね。気分次第で行ったり行かなかったり!それでも確実に誰も居ないなんて滅多にないからね」
「そうなんだ。結構頻繁に朝練してるの見かけてたから毎日してるのかと思ったよ」
「ないない!適度な休息が大事なんです!」
楽しそうに語る奏のペースに身を任せると話を聞いている自分もどこか楽しい気分になってくる。今まで考えていたもやもやが大きく取り払われたような気持ちだ。
「ねぇねぇまーくん、一つ聞いて良い?断らないのは知ってるけどさー」
「なに?」
「昨日まーくん生徒会に呼び出されたじゃない?何かしたの?」
先程の明るい雰囲気はどこへやったのか。ほんの少しトーンを落として、それでも彼女の声から察するに心配してくれているようだった。だから正直に答えてしまいそうだったが、咄嗟に嘘をついた。
「あれは……そう、勧誘だったよ」
「勧誘?」
「うん。生徒会に入らないかって。今更だったし僕には出来そうに無いからお断りしたけど」
「そうなんだ……ん、気になってたから聞きたかったんだ!」
合っているような合っていないような、微妙なラインだがきっとこれで良かったのだと思う。彼女に本音を告げたところで大きく動揺させてしまうだけかもしれない。だが彼女は、奏はきっと護の味方になってくれるだろう。そんな気はしたが、あんな物騒な事には巻き込めない。
「でもきっとまーくんなら生徒会長だってやれるよー」
「うーん……選挙で落ちそうな気がするけど……」
「大丈夫!捏造して沢山入れておくから!」
「それはさすがに選管に見付かると思うなぁ」
そんなたわいない会話をしていると、既に校門が見えてきていた。 そしてそこには、ある人物が待ち構えていたのだ。
「紅野くん、おはよう」
人気の高い生徒会長で、実は雷を扱う能力者、聖羅だった。学校の有名人がどうして一人の男子生徒を待って挨拶しているのか。そんな周囲のざわめきが、何故か空気を悪くしているように思えて護には心地良くなかった。只でさえ陸上部のエースと一緒に歩いていたし、その上今度は会長だ。
「おはようございます会長。何してるんですか……?」
「ただ待ってただけよ。ちょっとでも話そうと思って」
「そ、そうですか」
「まーくん、生徒会のお誘いは断ったんだよね?」
「う、うん」
嫌な汗が背中を伝う。今すぐにでもこの場から逃げ出したい気分である。周囲の注目もあれば、よくわからない緊張感が流れているのもあるのだ。
「とりあえず、入りましょうよ会長……遅刻するよ、泉川さんも……」
オロオロと二人を見比べつつもなんとか移動させる事が出来た。それでも空気は一切変わらなかったが。
「それじゃあ紅野くん、またね」
聖羅が長い髪を翻し、三年生の教室のある方へと姿を消すと、奏は鼻を鳴らして先に歩いて行ってしまった。彼女たちは仲が悪いのだろうか?と新たな疑問が生まれる。こんな時には友人に相談してみるのが一番だ、昼にでもそうしよう、と護も自分の教室へとゆっくり進みだした。




