「異能の世界」01
その日の目覚めは良くなかった。そもそも自分が寝ていたのか起きていたのかすらも思い出せない。それ程に刺激の強い夜だったのだ。異世界の存在、異能力、怪物、過去、新たな謎……様々な情報が一気に頭に入り込んできた。それを整理するには相当の時間が必要だ。深夜に誰にも気付かれず部屋に戻ってきてベッドに寝転がり天井を見上げる。するとあっという間に起床しなければいけない時間だ。外は既に明るい。動かなければ、というのが今の護。
「あ、さすがにこの格好じゃ心配されるよね……」
昨夜転がったりした残滓だ。泥だらけになった服装を見られればきっと心配されるだろう。只でさえ気弱そうな護だ。遅くに出て何かよからぬ連中に絡まれたのでは、と大騒ぎになるはず。居候状態の身としてはそういう事は是が非でも避けなくてはいけない。
「シャワーだけでも……っ」
普段あまり動かさない体。走り回ったお陰でどうやら筋肉痛らしい。あれだけの事があったのにこの程度で済んでいるのなら可愛いものだ。そう考えてみると一番動いて、傷だらけだった聖羅はどうなのだろうか、今までは彼女を気にした事は無かったが普通に学校に出てくるのだろうかと疑問が沸いてくる。着替えを律儀に折り畳んで自室を出ながら、階段から浴室までの間考えてみた。しかし、知らない事の解答が出てくる訳も無い。今のところは迷宮入りだ。真美の両親に見付からないようにこそこそと歩く。汚れを軽く落としてすぐに出るつもりだ。
浴室に到着し、汚れた服はあとで自分で洗濯するつもりでかごに入れておく。
シャワーを頭から浴びながら、目の前の鏡を見る。自分の細い体。思い出される昨夜の戦闘。そこに身を置くと決めた事の意味。
「本当に……僕なんかに出来るんだろうか……?」
流れる水の音と一緒に弱音も流す。過去と向き合う事。そして真実を知る事。両親の死を――
「……」
赤く、紅く、染まった光景。辛くて、悲しくて、それでも気持ち悪くて、心の奥底に封じてきたそれを自分から引っ張り上げて。
「それでも……」
男子にしては白い手を固く握り。強く在りたい、そう願う。負けない心が欲しいと。今は何も出来なくてもこれからサポートしていけるようになるんだと決意する。優しそうな瞳にも、偶には強い光が宿るのだ。そうしてほんの少しではあるが気持ちを切り替えて、汚れも落としたところで気付く。
「傷……?」
左脇腹にうっすらとではあるが、裂傷のようなものが何本か走っているのだ。昨日は気付かなかったが、明らかに不自然である。規則的に並んでいて、これではまるで――
「何かの、爪痕、なのかな……?」
覚えていない、襲われた日の事。その名残なのだろうか。強く握られていたならこれだけで済んだのが不思議なほどだ。痛みも無い。
「……何なんだろう……?」
しかし、そんな事を考えてる時間も無く。
「あれお兄ちゃん入ってるの?珍しいね、朝シャンなんて」
「え?あ、うん!もうすぐ出るよ」
曇りガラスの向こう、起きてきたらしい真美が話し掛けてきたのだ。見付からないうちに終わらせようと思ったが、その作戦は失敗に終わってしまった。
「昨日はいつ帰ってきたの?」
「……結構遅くに」
「それは知ってるー。重ね重ねで珍しいね!朝ご飯出来てるから早く来なよー。……まったく心配させて」
「今、何か言った……?」
「べっつにー」
パタパタと歩き去る音が聞こえたから、どうやら居なくなったみたいだ。それ程多く質問されなかったのはラッキーだ。言われた通り上がって、一日を始めるとしよう。




