「壊れた歯車」29
破壊の余韻に靡くローブの頭を押さえながら、二人は振り返る。月明かりに照らし出されるのは、白い道化師の仮面。あくまでも素性を明かすつもりはないらしい。
「ちょっと、答えなさいよ……!」
痺れを切らした聖羅が左腕をゆっくりと上げるが、全く動じない二人。グレイヴに至っては何やら作業を始めている。
「はぁ……血の気が多い人は好きじゃない。グレイヴ早く終わらせて」
「あんたがそれを言うか。……こっちも終わらせたいが少しばかりやりすぎた。破片が散らばり過ぎてなあ」
「塵一つ残さないように回収だから。そう言われてるでしょ?」
「わーってるよ。そこまで言わなくても当然やる」
言いながら膝を折り、地面に掌を付けると、徐々に波のようにうねる土がグレイヴの下へ。しかもその土はしっかりと人形の破片を携えているではないか。
「あんな力は聞いた事が無いぞ……知ってるか会長?」
「知ってるか、じゃないわよ。聞き出せば良いのよ」
この短時間で大分回復してきたのか、大和の肩の支えから離れ、一人で歩き出す。
「ちょっと、そこの小さい人。無視してないで答えてくれないかしら?」
「小さい? ……そんなに変わらないと思うんだけど?」
先程と比べたら幾分か感情の籠もった声だ。新たに緊張感の走る空気。
「……とにかく、答えないと――」
自身の周囲に紫電を撒き散らし、威嚇。しかしそれでも目の前の仮面の人物は怯まない。
「もし今ここでやるって言うなら、二人を相手にする事になるけど。それに、今日はやり合う気は持って来て無い」
言いながら一歩、踏み出した。
そこに一筋の雷撃を打ち込む。
「――その全身真っ白な服装、真っ黒にしてあげる」
「おい会長! その体で得体の知れない奴らを相手にするなんて無茶だ!」
「へぇ……あれだけ消耗してたはずなのに、こんな威力出せるんだ?」
穿たれた地面を見つめ、声を出す仮面。素直に感心しつつもその手からは冷気を放っている。
「骨のある能力者と戦うのは大変面白そうなイベントだが、回収は完了したぞホワイト」
「……思ったより早い」
「撤退か?」
「目的は果たした。そうする」
辺りに放っていた冷気を引っ込めると、ローブを翻す二人。
「だから! 少し話をしなさいって!」
苛立ちをそのまま雷として放出する聖羅だったが、反撃を警戒してか二人に当てる事はしない。あくまでも周囲に威嚇射撃という形で散らすのみ。
しかし全く気にする素振りも見せず、その場を離れようとするホワイトとグレイヴだったが、ふと小柄なホワイトが立ち止まって声を投げた。
「……、一つだけ。一つだけ忠告しておく」
振り向く事はせず、肩越しの仮面から漏れる声。くぐもっていて聞き取り辛いがやはり感情は篭っている。これも意味のある発言なのだろうか。
「忠告……?」
「そこの“彼”を巻き込むな」
「……紅野くんの事?」
一連の出来事からずっと座りっぱなしの護。急に名前を呼ばれて震えたが、体がまだ動かない。
「何を、何を知ってるのあなた達は……!」
「忠告はした。行こうグレイヴ」
「ああ。じゃーな、雷使いのお嬢さんとそのお仲間さん。きっとまた会うさ。俺らはそういう間柄だ」
隣を歩くホワイトを軽々と抱え、そして人間離れした脚力で、飛んだ。隔離されて通行不可能なはずの空間を飛び越えて。
去り行く彼らが視界から完全に消えて、生まれたのは謎。存在、能力、目的、そして何かを知っているという、謎だ。ちらりと、まだへたり込む護に視線を移す。彼は今、何を思っているのかそれさえ聖羅にはわからなかった。だからこそ、今は動く。まずは目先の問題だ。
「……さ、紅野くん。全部終わったからもう大丈夫。それと――」
護の前に屈み、目線を合わせて笑顔でこう言ってあげる事にした。
「――まさか体張ってくれるとは思わなかったわ。ありがとう、カッコ良かったよ」
呆けていた護の顔にようやく感情が戻る。それは、悲しみか喜びか、それとも悔しさだったのか。ポロポロと涙を落とし始めた。
「初陣にしては良い覚悟の決め方だったと思うぞ」
「最後まで隠れてた大和とは大違いね」
「……管理が仕事だからな」
「じゃあ管理職の大和さん、修復の方よろしく」
「ああ。どうやらさっきの人形が持って行かれたせいで扉も閉じそうだからな」
先程までの張り詰めた空気を壊すようにただ明るく振る舞う二人に、護はこう思った。
「ちゃんと、役に立てるようになるんだ……僕も……」
「ここからは、なかなか綺麗な物よ。まるで壊れた歯車が息を吹き返すみたいに」
大和が、持ってきたパソコンのキーを叩く。聖羅の言った通りだ。戦闘によってクレーターだらけだった地面が、壊れた遊具が、そして散ってしまった桜の花も映像を巻き戻しているようにゆっくりと形になっていく。時は進んでいるのに、起きる現象は逆。不思議な感覚だ。
「さっき全て終わったって言ったけど……ここから始まるわ」
「そうだな。既に始まっていたのかもしれないが」
「修復は出来ない世界……紅野くん、準備は出来た?」
差し出された傷だらけの、女の子の小さな手。逆回転する時間の中、それは周りの景色よりも綺麗に見えて。
逃げられない、逃げたくない。だから護は――
「……よろしく、お願いします! 会長、大和先輩!」
――今は無力で、非力な、何も出来ない、土で汚れた手を伸ばす。その手が固く握られると同時、全てが動き出す。
桜舞う四月、紅野護は新たな日常へと足を踏み入れた。二度と戻る事は無い日常を捨てて。壊れた世界の歯車は、軋みを上げて回転する。
Promise
第1話『壊れた歯車』 終