「壊れた歯車」28
護の体に無機質な拳が迫る。
聖羅は即座に“招雷”で周りにあった金属を掻き集めた。少しでも衝撃から免れるように、と。なるべくなら無傷にしてやりたいが、急拵えでは限界が見えてしまう。だがそれでも何もしないという選択肢は一切無い。
轟音。容赦を知らない拳が衝突した音であるのはその場に居る誰もが理解出来ただろう。
無情な土煙舞う中、目を開ける。今見えているのは人形の瞳の輝きと、シルエット。拳は完全に振り下ろされており、護の影は見えない。脳裏によぎるのは最悪の事態。胸を突き刺すのは止められなかった自分に対する憤り。
「紅野くん……!」
自身の能力ではこの邪魔な煙を払う事は出来ない。傷だらけの体を動かして、何とか立ち上がる。骨は軋み、至る所から出血もあった。ふらつき、倒れそうになったのを急いで駆け付けた大和が支えてくれる。
「……」
無言のまま肩を貸し、状況が晴れるのを待つ。パソコンも置いてきたのか今は手ぶらだ。しかし、待つ程もなく晴れ間はいきなり現れた。渦巻くように土煙が集まったと思えば、それが一気に霧散。
「何が……?」
「さあ、な……だがどうやらあり得ない来客だ」
綺麗に晴れた向こう側。そこにあったのは人影だ。しかも三つの。一つは槍を抱くようにして座り込んだ護。他は白いローブで全身を隠した二人組。そして、異常な物体。
「能力者……」
ぽつりと聖羅の口から漏れたのはそんな言葉だ。自身と同じ、異常を起こす力を持つ者の総称。異質な存在感を放てるのは彼らしか居ないのだ。
「ふっ――」
二人組の内、一人はきっと男だろう。二メートルはありそうな巨体を持ち、ローブから伸びた左腕は人形の拳を軽々と抑えているではないか。ただ抑えるだけとなれば、そんな大男の腕でも粉々になってしまうだろう。だが、そうはならない何かがある。答えはその左腕だ。夜の色に紛れて見分け難いが、灰色に近い色をしていた。それはまるで岩のような。男が抑えていた左腕を一度拳から引くと、そこにはうっすらとヒビが垣間見えた。そしてそのまま、すぐさま同じ場所に自分の左腕を叩き込んだ。するとどうだろう。聖羅がいくら攻撃を加えてもほぼ傷を付けられなかった人形の腕が、轟音と共に見るも無残に砕け散ってしまうではないか。
それには聖羅も大和も目を見張るしかなかった。
人形がバランスを崩すのを見たのか見てないのか、もう一人が護の手にしていた槍を奪い取る。男に比べたら明らかに小柄で、ローブのせいで体格ははっきりと判断出来ないが、身長は護と同じくらいだろうか。
「おい!その槍は……!」
「……」
ほぼ聖羅専用に製作された槍は、聖羅の力を増幅、または補う物。それを赤の他人が使えばただの金属と等しい性能まで下がってしまう。
「まさか、私と同じ能力でも――」
ふとそんな考えも生まれたが、すぐに否定されてしまう。と、言うのももう一人がその槍を異能の氷によって覆ってしまったからだ。冷気を放ち、更に鋭く尖った槍を右手に持ち、左足を前に。そしてその小柄な体からは想像もつかない速度で、投擲。この距離で投げれば当然威力も高いし、速度もある。破壊力を纏った氷の槍は、見事に人形の頭を吹き飛ばした。たった二度の攻撃。それだけで、この二人組はこの謎の人形をここまで破壊したのだ。巨体を制御出来なくなったのか、人形はぐらりと後方へ倒れ込む。
「グレイヴ、始末はよろしく」
少し声高の、小柄な方がグレイヴと呼ばれた男に声を投げる。
「任せろ」
こちらは見た目通りの低い声で答えると、グレイヴは両の腕を地面に。そして一言。
「“来い、大地を叩き割る我が斧”」
ゆっくりと立ち上がると同時、その手には太い棒が握られていて――
「無茶苦茶だ……」
――姿を現したのは文字通り斧。しかも、人形の巨体を超える程の巨大な。
「ぬゥああぁあ!!」
気合いの入った大音声。空気を叩くような声と、切り裂くような、斧の振り下ろされる音。 倒れ込んだ人形ごと、まさに大地を割り、空間そのものを揺らす一撃。異能が、異常を破壊した一瞬。残されたのは静寂とバラバラになった人形の破片と、五人。
「あなた達は一体、何なの……?」
訝しむ声が、その内の異質な二人に当てられた。