「壊れた歯車」26
激しく、荒々しく、容赦の欠片もなく降り注ぐ人形の攻撃を上手く往なして、時間を稼ぐ。たった一本。この状況を打破出来る可能性のある武器。あくまでも可能性という不確定な言葉ではあるが、無いよりはマシ。既に仕切り直してからから結構な時間が経過しているはずだ。この空間は外と隔離されてはいるが、時間の流れは同じ。多少のズレはあるかもしれないが気に留める程でもない。時間が掛かれば掛かる程、人目に触れる可能性も上がる訳だ。そうなると必然的に上がるのは危険度。
だからこそ、そうならないように大和は調整を急ぐ。モニターに映し出されている槍。そこに新たにプログラムのような物を驚異的な速度で書き込んでいく。
「強度補正はこれで大丈夫なはずだ……後は転送までどうにかしてくれれば問題は無い、と信じたいが……」
浮かんでいた汗を腕で拭い、視線を戦場へと向ける。並みの人間では到底付いていく事は敵わない戦いが繰り広げられており、その中心では心なしか先程よりも動きの精度が高くなっている人形がほぼ一方的な暴力と破壊を撒き散らしていた。
「……学習しているのか?会長の動きを?もうロボットだな……」
「そう、みたいですね……」
護の素人目からでも分かってしまう程だ。かなり素早く、正確に一撃を加えている。受けている聖羅にしてみればかなり厄介な話だが。
「……っ!」
避けたはずだったが、風圧、そして飛び散った破片が聖羅の体を掠める。砂埃による汚れに、いつの間にか赤い染みも追加されていた。明らかな劣勢。まだなのか、とチラリと茂みを見るが、どうやら完全に身を隠しているらしく二人の姿を確認する事は出来なかった。
その一瞬。ほんの少しの隙を発見した人形がここぞとばかりに歯車を軋ませながら腕を突き出した。空を裂き、まるで咆哮の如く唸りながら聖羅へと襲い掛かる。
「くぅっ……!」
“招雷”を周囲に伸ばし、鉄片を掻き集め拙いながらも小さな盾を形成。防御力は期待出来る物でも無く、人形の巨大な腕が聖羅の細い体を容赦なく弾き飛ばす。勢いを殺す事さえ出来ず、強く地面に叩き付けられてしまう。
「大丈夫ですか――!?」
「ようやく届いたぞ……!後、ほんの少しだッ!」
護の声を遮ったのは大和の安堵と期待の混じった声だ。後ろを振り向くと、中空に小さな亀裂。“扉と同じような亀裂だった。そこから現れるのは純白の槍の穂先。ゆっくりとその姿を現実に現しつつある。
「しかし少々間違ってしまったみたいだ……」
「え?」
額に浮いた汗を拭いそう呟きつつも、槍は完全に亀裂から転送された。
「あの、間違ったって何をですか……?」
甲高い金属音と共に槍は地面に落ちた。持つ者の出現を待つように月明かりを浴びている。
「……頭の回転が早いキミならわかるとは思うが、一応言おう――」
眼鏡を押し上げ、顔を逸らす。
「――答えは、出現位置だ」
輝く槍。それは本来聖羅が使う事を目的としてここに喚ばれたのだ。なのに扱えない二人の目の前にある。本人は戦闘中、しかも痛手を受けて動きが鈍っているのだ。その状態でわざわざここまで戻るのは難しいだろう。
「……」
「こうなれば俺が――」
「いえ、僕が……僕がやって、みます……!」
怖い。だが、誰かがやらなければならない。ここで判断したのは、大和はパソコンの操作や管理をしなければならないので持ち場を離れているべきではないだろうという事。ならこの場で動ける人間は誰か――
「だがキミは……譲る気はナシ、か……時間も少ない。任せよう。どの道誰かがやらねばならん事だ」
純白の槍を優しく拾い上げ、護へと渡す。
「初仕事、頼んだぞ」
「……はいっ!」




