「壊れた歯車」24
叩き付けられた太い腕は地面を抉り、土を塊として撒き散らす。間髪入れずもう一本の腕も同じように振り下ろされ、それこそ雨のように砂や石が襲い掛かる。
護は初撃の揺れで尻餅を付き、二撃目では目を開ける事すらままならなかった。両腕で何とか頭に当たらないようにしているが、それでも痛みは当然ある。そんな、正に『土砂降り』のような状態でも、機械の巨体を前にしても一切退かない二人が居た。
「パソコン、大丈夫なの……?」
「……正直ダメージには弱いが、今のところ支障は無し。だがこんな大振りのやつを何度もされてたらさすがに保たんよ。だから下がる」
「か弱い女の子を前に立たせるだなんてどんな神経してるのよ」
「本当にか弱いって言うなら既に逃げているだろう?」
こんな状況でも談笑が出来るのは余裕があるからなのか、それとも未知に遭遇した恐怖心から来るものなのか、判断は出来ない。だが、どちらにしろやらなければやられる。だから、動く。
「まあ良いわ。いつも通り、管理はよろしく」
「任せておくといい。武運をな」
短く会話を済ませ、急いで後退。歯車の回転する音が咆哮のように鳴り響き、続けざまに拳を振り回す。握り締めた大きな鉄塊が重力に従って地を穿つ。力の限り繰り出される攻撃を見事に避けつつ、反撃。聖羅も負けじと自身の力である雷を放つ。
「どうも効いてる気がしないが……どう思う?」
護と共に近くの木の裏に隠れている大和が険しい表情で戦況を見極める。これは戦闘経験の無い護ですらわかった。聖羅の雷はしっかりと機械人形のボディに直撃している。しかしだ。直撃したその後、無効化しているかのように霧散するか滑るように逸れている。ダメージとしては一切通っていないみたいだ。
「届いていない、んでしょうか……?」
「やはり、君もそう思うか。もちろん会長もその事には気付いているだろうが何もやらない訳にはいかない……困ったな」
パソコンを叩く手は止まり、腕を組んで目を閉じる。
「あの、先輩は……」
「ん?」
「先輩が加勢するっていう選択肢は無いんですか?」
両目が開く。そして溜め息。
「僕何か変な事言いました……?」
「いや、きっとそれが正論だろう。俺も出来たらそうしたいんだが……」
眼鏡のブリッジを押し上げ、頭を掻く。そして少し自嘲気味に呟いた。
「残念ながら生まれてからこれまでただの真人間でな。あのような特殊な力は持っていない……出来るのはサポートと開発さ。開発済みの物はあるんだが、実戦投入までには少々時間が掛かる」
「そうでしたか……なんと言うか、すみません……」
「謝る事ではないよ。気にしてはいない。だが、本当にこの状態は困ったぞ……」
いつものように軽く言う大和だったが、眼鏡の奥の瞳は明らかに戸惑いと焦りの色が浮かんでいる。額に手を当て、必死に策を絞り出すがどれも使えそうにない。
その間にも機械の人形の荒れ狂った猛攻は続く。知能があるのか定かではないが、巨体を支えている脚では攻撃をしようとはしない。バランスが崩れるのを理解しているのだろうか。
それを好機と見た聖羅は、攻撃を避けながら自身の能力”招雷”を使って粉砕された遊具や鉄の破片を引き寄せる。形成するのは先程よりも大きな槍だ。バラバラだった物を繋ぎ止めているので強度は低いだろうが、それでもダメージを通す分には問題ないはず。
「これでも喰らいなさい……!」
溜まった質量の槍を紫電と共に放つ。加速しながら進む槍は人形の攻撃圏内をすり抜け、そのまま脚部へと直撃。轟音を立てながら崩れ去るのは鉄の破片だけだったが、人形にはこれと言った一撃として通ってはいなかったみたいだ。しかし、ここは聖羅の読み通り。支えとなっていた脚に攻撃が当たりよろめいたのだ。そこに続けざまに二、三と小型の槍を掃射していく。全て弾かれてはいるが、人形の巨体は再びバランスを取ることは適わず重力に引かれて後方へと倒れていく。
「これで、何とかなるといいのだけれど……」
鈍い音と土煙を上げながら倒れた人形に警戒を解く事なくそう呟く。しかし倒したからと言って彼女の能力が効く訳でもない。正直破壊する手立てが一切ない。他の人間に助けを請うという手もあるのだが、それをしてしまうと金銭面での手続きが面倒なのだ。だからここは是が非でも自分達で片を付けなければ。その他にも聖羅の中には案があるのだが、これを使える条件がわからない。 それに──
「考えるのは良くないわね。私がやらなきゃダメなんだから」
土煙が止み、視界が晴れる。そこには立ち上がろうと歯車を軋ませながらもがいている鈍色の人形の姿が。




