「壊れた歯車」23
低く唸りながら走る紫電は地を這い、まるで意思を持っているかの如く飛び跳ね、風切り音と雷光を轟かせながら“扉”へと吸収されていく。
「これが吉と出るか凶と出るか……」
その行く末を静かに見守る。聖羅の掌から伸びた雷が完全に消えた頃、深い闇の中で不規則に明滅を繰り返す“扉”。まるで脈動しているようでもある。縮まっている様子も無ければ、広がっている様子も無い。試みは失敗だったかと離れようとした、その時だ。
「何か、来るわ……!」
「こちらも掴んだみたいだ……諸に凶を引いたんじゃないか?」
“扉”の向こう。漆黒の闇が広がるそこから、一筋の光。稲光よりも遥かに暗く、太く、強い光は瞬く間に“扉”を文字通りにこじ開けた。
「ある意味大当たり、だが……会長、これは大凶だ」
「知らないわよ。良いじゃない一歩前進したんだからっ!」
「……」
呆れた様子で護に下がるように指示する大和。だが、しっかりその眼は未だに様々なグラフを描き続けるモニターと広がりを止めない亀裂へ向けられている。
光は次第に弱まり、その光景を三人に晒す。
「う、腕……ですか……?」
「そのようね。でもあんな“蝕”は初めて見るわ」
「しかもあれだけじゃないみたいだな。見るんだ、あの端の方に微妙に左手らしき指がある」
大和の指差した先、そこに在ったのは鈍色に輝く、まるで金属で出来たような腕だった。その腕が亀裂を更に広げて、出現しようとでもしているのか歯車に似た音を掻きならしながら力を込めている。腕の大きさから推測するに、きっとそれが持つボディも相当の大きさを持つはずだ。
しかし、それに対峙している聖羅と大和は一切怯えてはいない。むしろ未知という状態を超えようと、情報を得ようとしている。
「今の状態で攻撃当てたらどうなるかしらね?」
「さすがに止めておいた方が無難じゃないだろうか。あれ以上刺激したら次は何が出て来るかわかったもんじゃない……、一人で捌けなかったら後が怖いぞ」
「その時は……大和が居るじゃない」
最高の笑顔を向けられるが、出来ればこんな場面では使って欲しくない、と大和は頭を振る。
「言ってくれるよ……」
「そんなことにはならないように、もちろん全力を尽くすから安心してよ?紅野くんも、後の為にしっかり見ておいてね」
「は、はい……」
何故そんなに自信に満ち溢れているのか、護には全く理解出来なかったが、勿論信用しているのでかなり後退して見学する事に。先程に比べたら足も震えていないし、瞳もしっかりと出現した腕を捉えている。この短時間で慣れた……訳では無いが、動きも思考もスムーズだ。
そんな緊張感の欠けたやり取りをしている間に、“扉”は既に巨大な虚空と化していた。漆黒から覗くのは鈍色に輝く機械。表現するならば、人型のロボットだ。獣のような唸り声を上げ、巨体をこの世界へと出現させる。
まるで抜き身の刀のように鋭利なフォルムの頭部には緑色に発光する瞳を携え、それを支える胴体や脚部も太めに出来ており、逞しさを感じさせた。もし敵でないのなら、格好良い、と漏らしてしまいそうである。
「こいつは……本当に“蝕”なのか……? 明らかに人工物だぞ? 金属である事には違いないが……なんだこれは?」
「そんなの私にだってわからないわよ。ただ、一つだけ言えるのは――」
体の周囲に紫色の雷を這わせ、何物かを睨み付ける。こちらもロボットに負けず劣らず、鋭く、強い眼差しだ。
「――敵意はしっかり持ってるわ」
太い腕は無造作に空へと引っ張られ、落下。それが戦闘開始の合図となった。




