「壊れた歯車」21
一歩踏み出す。そうしなければ、何も変わらない。恐れているだけでは何も出来ない事を自分は良く知っているのだから。
「どういう終わり方にしろ、命を失ったんだから、その場にいる僕も見ているだけというのは嫌で……」
頭の中では常に『戻れ』と指令を出しているが、たまには心の向く方を歩いてみるのも悪くはないだろう。ゆっくりと確かめるような足取りで聖羅の隣へ。目の前で霧散を開始している生き物に、手を合わせた。
「……今は、このくらいしか出来ませんけど……」
少し長い前髪の奥には穏やかな色が見て取れる。
「上出来よ。初対面でここまで近付けるなんて……ねえ大和?いつまでそこに隠れてるのかしら?」
怯えながらも近付いて合掌した護に対し、未だに遊具の陰から様子を窺うだけの大和。
「……アレルギーというものを知っているか?」
眼鏡に月光を反射させ、いつものクールな表情でそう言う。固まっていた空気は不思議と和らぎ、護も久しぶりにちゃんとした笑顔を浮かべる事が出来た。
「ええ知ってるわ。でもこの子は……」
亡骸で遊んでしまうのは良くないが、少しでも雰囲気を明るくしようと思った聖羅は大和弄りを開始。
「見た目狼っぽくない?」
「見えなくはない……だが食肉目イヌ科イヌ属に含まれているんだぞ? ならアレルギーが発生するに決まっている……!」
断固として動かない大和。見かねた聖羅は立ち上がって大和の元へ、連れ出そうと腕を無理矢理引っ張っているみたいだ。
「ほらほら、早くしないと消えちゃうよ~」
「なっ……会長、さすがにそれは無理だ……! ビリビリさせるな……!」
遠目からでもわかるが、聖羅の手からは時折紫電が走っている。先程まで超越した戦闘で使用していた力がまるでオモチャのように扱われ、大和の腕を痺れさせる。流れる度に大和の腕が不自然に跳ね上がったり。
「大丈夫よ。電圧だからちょっと痛いだけでしょ?」
「そういう問題じゃないって言ってるんだ……! こいつだって完全に電気を遮断出来る訳じゃないし!」
「ほら、ここ、こんなにピクピクしちゃって……」
「止めろ。表現が良い加減危ないからな? いくら会長と言えどダメだぞ?それを一般生徒が聞いてみろ? 軽くグングニル・コピーを上回る破壊力だからな?」
そんな不思議な会話を護が少し離れた所で聞いていると、“蝕”は完全に空気に溶け、光の粒子となって空間の亀裂へと吸い込まれていった。
「あーあ。大和が出て来ないから還っちゃったじゃないのー」
「俺のせいにするな……ん?」
「どうかしたの? 腕が動かなくなった?」
「それは笑いながら言うことではないぞ会長。いやな、あの『扉』だが……」
パソコンの画面と亀裂を見比べ顔をしかめる大和。それに気付いた護も二人に近付き、話に加わる事に。
「何故、消えない?」
「……?」
「言われてみれば確かに変ね……紅野くん、また少しだけ下がって貰うかもしれないわ。だいぶ時間も遅いけど、大丈夫?」
まるで夜遊びでもしているような口振りだが、やっている事は命と世界を扱う物だ。護は何ら考える事なく首を縦に振る。
「それじゃあ、ちょっと延長で捜査開始ね」
「何かこの公園内に隠されている可能性もあるだろう……手分けしようと思うが、異論は?」
「私はもちろん大丈夫。紅野くんは?」
「はい……や、やってみます!」
眼鏡のブリッジを押し上げ、再び冷静なモードに切り替えた大和は続けて指示を与えた。
「そうだな……とにかく『これがおかしい』と思ったら教えてくれれば良いな。くれぐれも触らないように、な」
念を押されたが、元々臆病な性格の護には余り意味の無い言葉だったかもしれない。