「壊れた歯車」20
――強く、鮮烈な雷光が夜の公園に幾筋も降り注いだ。それらは無差別に地面を穿ち、遊具を焼き切る。先程までの地を這うだけの穏やかさなど嘘のように暴力的で、破壊的。
「どうしたの? 今更になって怯えている訳ではないでしょ?」
挑発的に言いながら体の周囲にも紫電による破壊を行う聖羅。黒い狼のような“蝕”はその言葉を理解したのか、それとも感覚だけなのかはわからないが、無差別な雷撃の合間をすり抜け聖羅の喉笛を咬み千切ろうと疾駆。痩せ細った体の飢えを満たそうとでも言うのか、強烈な雷光の中でも見ているのは獲物として捉えた者だけだ。赤い両目に欲望をたぎらせ、ただ疾く。
「まあ、そんなフォルムじゃそういう動きしか出来ないのは目に見えてる物だけど……不憫な物ね。どこの世界でも単純な思考の持ち主って」
憐れむように、迫り来る“蝕”に向けて言葉を送る。それはきっと届く事の無い物だろう。不意に、右腕を真横に伸ばす。そこから青白い電撃が走り、焼き切った遊具の一端へと向かっていく。その間降り注いでいた雷はぴたりと止み、聖羅が完全に無防備となる。
「会長……!?」
遠くから見ていた護は驚きのあまり思わず身を乗り出そうとするが、横に居た大和に腕を掴まれて尻餅をついてしまった。当然出たところで何も出来ないのだからこれで良かったのかもしれないが。
「まあ見ているんだ。あれが会長の戦闘スタイルだからな。俺が行ったとしても加勢してやれないし」
「それは……どういう……?」
「どっちも、言葉通りさ」
不思議そうに首を傾げ、もう一度聖羅の立つ場所へと目を向ける。無防備になったのを好機と見た“蝕”は更に強く地を蹴って加速。そして爪跡を残しながら跳躍。まるで、勝ちしか見えていないような喜悦の表情。餌にありつける、食える、喰えるぞ、とそんな心の叫びすら聞こえてきそうな、獣には似つかわしくない豊かな表情を湛えている。
しかし、そんな危機的状況に立たされているはずの聖羅は全く動じていない。変わらず異形の狼を真正面に捉えているのみ。
砂が跳ねる。喉元まであと数センチ。揃った牙が獲物を求めて飛来する。
「グッ……ギ……ャ」
顔の倍以上大きく開かれた口。それは聖羅の顔寸前で停止、飛び掛かって貪る予定だったのが明らかに別の方向に、真横に吹き飛ばされたのだ。体ごと。
「多少……いや、グロテスクなのかもしれないがこうするしか方法が無いんだ。慣れるのも良いとは言い切れ無いが……見たく無ければ目を瞑っていても構わない」
ばつが悪そうに眉を寄せる大和。しかし護はその光景からは目を逸らす事が出来なかった。
雷光を伸ばした先にあった遊具の破片、長い棒状の物をまるで磁石のように吸い寄せ、そこに今までよりももっと強力な雷電を乗せ、形を槍のように変化。引き寄せながら、それで以って“蝕”の体の横から貫いたのだ。
「グングニル・コピー。神話の武器をモチーフに、どこからでも敵を貫くという意味だそうだ……カッコいいと思っている辺りがさすがだな。わざわざ勉強したんだそうだ」
そんな大和の説明など全く耳に入らず、ただただ、衝撃的な一瞬に心を奪われていた。彼らも普通の生物と同じように血を流している。つまり、生きていたのだ。
「……」
すると、鉄柱の突き刺さった“蝕”の亡骸の傍に膝を着く聖羅。そしてその前で目を伏せ、手を合わせた。
「私達の仕事は惨いのかもしれない。この子もただお腹がすいていただけなのかもしれない。それでも、危険があるから私達はやらなきゃいけない」
その言葉はきっと護に。精神的にも弱い彼にしてみたら、命を奪う行為は酷だろう。だが、この道を選んだ以上は避けられない。だからこそ言い聞かせるように優しい口調で。
「大丈夫、です……僕が選んだ道なんですから……!」
現実に目を向けること。受け入れること。ゆっくりでも良い。少しだけでも、進んで行かなくては。その気持ちが護を動かす。




