「壊れた歯車」19
「とりあえずはここに居よう」
大和に連れられ、遊具の陰となる場所に移動し護も一緒に身を隠す。
「さて、それでは……」
その陰で大和は何やらノートパソコンを立ち上げ出した。一体どういうつもりなのかと聞いてみたい気もしたが、護は恐怖と緊張に心を奪われてしまい、半ば放心状態だ。何もしていないのに嫌な汗は出るし、手足は震える。その先では聖羅という“女の子” が怪物と対峙しているのに、先程何か手伝うと決めたはずなのに……怖い。今すぐにでもこの場から立ち去りたい程だ。
そんな護の肩に、トンと優しく手が置かれた。
「……なに、そう怯えるものではないぞ。何と言っても、会長は“プロ”だからな」
勇気付ける言葉と気遣いを行いながら大和はキーボードを忙しなく操作していく。
「あ、ありがとうございます……」
言葉を受け、ほんの少しだけだが気持ちに余裕が生まれた、と思う護。
「あの、ところで先輩は一体何を……?」
黒いノート型パソコンのディスプレイには大量の、英語と思われる文字列が表示されており、それは大和の指と連動してかなりの速度で流れていく。プログラミングに見えなくも無いが。それとは少々違うようだ。
「こいつは簡単に言えば『この切り離された世界その物の維持における必要不可欠な情報』の保存だな」
「……すみません全くわからないんですけど……」
眼鏡にディスプレイの光を反射させながら、大和は再び護に理解出来るであろう言葉に言い換える。
「まず、今現在この公園の空間は元、君や俺や会長たちが居る世界、要するにいつもの場所とは切り離されている……水槽の中と言っても良いだろうな。実際の水槽はこの世界に在りながら中身は別の世界になっているだろう?現に水槽の中じゃ生活出来ないのだし。まあ勝手にそう思ってるだけだが」
「は、はい……なんとなくわかるような……」
「では質問をしよう。水槽の中には何匹かの魚が居る。そいつは気性が荒く、とにかく暴れまわるんだ。さて、水槽の中はどうなる?」
護は『水槽の中』を見渡す。その中心には魚が数匹。これらが暴れるとなると、答えはこれしか無い。
「それは……滅茶苦茶になる……?」
正解、と親指を立てる。しかし、そんな軽い感じの事をしつつも大和はしっかりと作業を続けていた。
「引き続き二問目。魚……まあこの際魚でなくても良いのかもしれないけど。散々暴れられた水槽の中はどうなるのだろうな。そしてその水槽を管理している外側の者たちはどう思うか。勿論管理する側はこいつらの気性は知らないとする」
「えっと……」
「まあ、パニックを起こすだろう。そんな事が起きないように、元の場所に元の物を修復するためのバックアップという訳だ。だからそれを終わらせない限り、会長は思う存分暴れられないんだよ」
そう言って聖羅の方へ視線を投げると、確かに、まだ蝕を睨みながら紫電を走らせているだけだ。威嚇するように地面に力を走らせたりもしてはいるが、あくまでも土を抉ったりなどはしていなかった。
「そのために私はこうやってサポーターを買って出ているのだよ……会長!準備万端、不備無し、承認完了――」
最後の一文字を打ち終わり、エンターキーを強く弾く。周りの木々や遊具がスキャンされているように下から上へと青白く光っている。時間にして数秒、これが世界の保存なのだろう。
「――少し怯え気味の紅野君に会長の力を見せてやる時だ!」
少し離れた先、その言葉を聞いた聖羅はふっと唇を笑みの形に。
「わかったわ大和! それじゃ……あなたには消えて貰うわ。さようなら、この世界を蝕む怪獣さん」
可愛げに、しかしどこか鋭さを持った一言が放たれた。ついに、開戦するのだ。