「壊れた歯車」18
――何ら変哲の無いただの公園。そこに佇むのは“亀裂”。それが地面や遊具にあるならば経年劣化などで説明が付く。しかし、その“亀裂”は全くもって説明が出来ない。何故ならばそれが空間に、虚空に在るからだ。黒々とした皹が、桜満開の公園という憩いの場に我が物顔で鎮座している。その姿はあからさまに異形だ。
「これ、は……?」
何とか立ち上がってその亀裂をまじまじと見詰める護は自身の頭の中にある知識でそれについての情報を探し見るも思い付く筈もなく。なので聖羅が軽く説明を入れる。
「見ての通り、空間の亀裂よ。他の世界との繋がりの不和とか……世界の内側から無理矢理力を入れたりとか。そんな理由で発生するの」
「繋がり、ですか……じゃああの中には……?」
「まあそこのとこはまた今度ゆっくり説明するわ。さあ、来るわよ」
言うと同時、小さかった亀裂が段々と広がっていき、中が見えるようになってきた。まずは顔らしき物がそこから覗く。
「こんばんは、異世界の怪物さん。でも悪いけどすぐに退場してもらうから」
聖羅の右手には輝く青い雷。
「紅野くんは適当に下がっててくれる?あと……大和、もう来てるんでしょ?」
軽い溜め息と共に呼んだのは、この場には見えて居なかったはずの人物。
「ふむ、いつ気付いたんだ?しっかりと見物するつもりだったんだが……」
腕を組みながら現れたのは制服姿の大和だ。一体どこに隠れていたのだろうか。眼鏡を月明かりに反射させ、いつものトーンで語りかける。
「それで、どうやって紅野君を引き込んだのだ? ショック療法で記憶でも呼び起こしたか? さすがにそれはやりすぎではないか?」
「別に誰もそんなことをやったなんて言ってないじゃない」
「む、確かに……」
「えと、こんな時にそんなゆったりした雰囲気で大丈夫なんですか……?」
亀裂は未だに広がり続けているのに、二人は全く動じずに会話を続けているではないか。そんな時、亀裂の向こうから低い唸り声のような音が。
「大丈夫よ。この程度の相手ならね」
「その通りだ。会長がしっかり片付けつくれるからな」
無駄に高い自信で胸を張る二人にどことなく不安を感じた護であったが、ここまで言うのだからと信じたくなる気持ちも生まれてきた。要するに複雑だ。恐怖、緊張、などと言った負の感情の方がまだ多いが。
「本当にそろそろだ。下がるぞ紅野君」
「え? あ、ちょっと……」
「会長、任せた」
首根っこを大和に掴まれて無理矢理引き離される。
「オッケー。こいつら倒して予算計上してもらうんだから……!」
再び瞳を鋭くし、亀裂を睨む聖羅。そこからは既に何者かの上半身が乗り出している。見た目で言うなら狼に似ているだろうか。灰色の体毛に、痩せ細って骨の形がくっきり見える前足には不釣り合いな生気漲りぎらつく鋭利な爪、獰猛に獲物を狙う赤々とした目、そして月夜でも良くわかる血に飢えていそうな沢山の牙。怪物。その例えがぴったり当てはまるやつだ。
「あれが、蝕……」
ポツリと呟いた護の声は誰にも聞かれる事なく、虚空に消えていった。