「壊れた歯車」17
護の顔に叩き付けられるのは、四月の夜風。まだ冷たさの残るそれが肌に容赦なく突き刺さる。痛いし苦しいし、浮遊感に伴う独特の吐き気も加わった。だが護はこれだけ辛い物を味わっても自分がどのような状況に置かれているのかが理解出来ていない。記憶としては、走っていて聖羅にいきなり首根っこを掴まれて、そこまでだった。
「そんなに強く目瞑ってなくても大丈夫よ?……まあほんのちょっとだけ高い位置だから最初は怖いかもしれないけど」
極度の混乱状態にいた護を落ち着けるためなのか、努めて明るい口調で言う聖羅。
何とかそれを頼りにゆっくりと目を開けてみようとする。一気に両目は無理だろうから――開けようとはしたのだが、体が拒否をしている――、片目だけ。そこに待ち受けていたのは……。
「飛んでっ……!?」
彼女の言うようにそれ程高い訳ではないのだろうが、高層ビルなどが建っていないこの街では住宅よりも上に自身が居るというのはかなり衝撃的である。
「そう見えても仕方ないわね……正確には飛んでるんじゃなく、私の能力を使って移動してるのよ」
さも当然のように言う聖羅。続けざまに自身の能力の使い方について説明をし始める。護がちゃんと聞いているかはわからないのだが。
「私の能力は雷……まあちょっとだけ細かく、大雑把に言うと電気を発生させる事なの」
紫電を身の回りに走らせ、語る。護の耳元で弾けるような音がしているのはこのせいだろうか。
「それで、更に分けてみると電圧と電流に。私の場合はこれを使い分けて……ちなみに今は電線に流れる電流に乗って滑るように移動してるって感じね……ちゃんと聞いてた?」
「い、一応……半分くらいは……っ」
「走るより圧倒的に速いんだからちょっと我慢して。どうせすぐおぞましい光景が待っているんだから!」
言い終わると同時に体感速度が急激に上がった。やはり容赦なく叩き付ける冷たい風。目を開けることすらままならないが、何とか力を振り絞って口を開いてみた。
「会長、これから、どこに……!?」
掠れた声ではあったがそこそこ大きめのボリュームで話せたと思う。伝わってるといいのだが。
「……言ってなかったかしら?住宅街付近の公園、わかる?あそこに蝕が出ていてね……私たちは今からそこに向かって被害の出ないように駆逐するの」
「そこで、僕は何を――」
途中で体を襲う急激な落下。景色は流れるように変わり、言葉は強い重力に引かれることによって掻き消されたため届かなかった。話をしていたせいか、上昇するよりも気持ち楽なような気がした。一度似たような体験をしたからだろうか。するとすぐに先程よりも音がしっかりと耳に入り、受けていた風もかなり弱まった。
「さあ、着いたわよ」
久々に足が地面にくっ付いているのだが、今までの衝撃の方が大きかったらしく膝が笑ってしっかりと直立が出来ない。格好は悪いが、仕方ないので腰を落とすような形で何とか立っている。
「ここは……」
そしてその低姿勢のままで辺りを見回すと、そこは公園だった。小さい頃には何度か来た記憶もある。数種類の遊具があって、砂場があって。そして何より目を引くのは植樹されている桜。その見るからに穏やかで物騒という言葉には縁の無さそうな場所に今、見慣れない光景が――