「壊れた歯車」16
「それは、確かに……元々君には手伝って貰うつもりではいたのだけど……」
「具体的には何を?」
「……基本的には私たちと同じ事で――つまり、蝕との戦闘、被害状況の支出管理、それから修復。……あとは君のご両親の件の捜査かしらね。これは私たちのグループが勝手にやってる部分もあるんだけど」
要するに、護にやってほしいのは聖羅たちと同じような非日常な仕事。蝕が現れれば命を賭して戦わなければならないし、被害が出ればそこを修復しなければならない。護にはどこから金銭面の援助があるのかはわからないが、それらを何の知識もない人間が管理する必要があるというのだ。
「そんなに気負うことは無いわ。特に戦闘以外はほとんど大和に任せておけば安心だし……パソコンは強い?」
「人並みには出来るかと……でも少し不安な部分もありますね……」
一応、知識としては持っている護だったがさすがにプログラムを組むなどといった専門知識はない。それでも良いなら、きっと出来るはずだ。
「それなら大丈夫ね。成績優秀っていうのは知ってるから大丈夫だとして……蝕との戦闘なんだけ、ど……?」
説明を始めようとしたそんな時。聖羅は護が座っているところとは正反対の空間に視線を向ける。
「紅野くん、君には早速仕事をしてもらうことになるかもしれないわ」
「それはどういう――」
その質問の答えを聞く前に護は聖羅に腕を強引に掴まれた。その途端、強烈な力で引っ張られながら無理矢理足を動かすことに。
「ちょっ――会長……!?」
自分が走っている、走らされているのだと気付いたのはそこそこ時間が経ってから。
「振り落とされないようにね?」
「そ、その前に……腕が千切れそう、で……!」
尋常じゃない力に導かれるがまま、もつれる足を何とか前へ前へと進めていくが、脳ではそのスピードを少しでも殺そうとしているらしく逆方向に反発する力も発生。その為なのか、余計に肩の辺りが熱を持ったかのように痛い。
「男子なんだからこのぐらい堪えなさい!」
「そんな、無茶ですっ……」
元々運動神経が高い訳ではない護。どちらかといえば普通よりも低い方なのである。勿論体力もだ。運動全般は苦手な護。
しかし聖羅はそんな些細な事はお構い無しに入り組んだ住宅地を颯爽と駆け抜けて行く。たまに青白い光が走るのは、きっと進行方向にある障害を跳ね退けているのだろう。
護はその光と月明かり、家の電気を頼りにぶつからないようにしているだけで精一杯。本来であれば女子に手を引かれているという事実はとても嬉しい物と感じるだろうが、今はそんな悠長な幻想を意識の片隅に置く事も許されない。ただ痛みが襲い掛かってくるのだ。
そんな中、聖羅のポケットに入っていた携帯電話が鳴り響いた。響いたとは言っても、聞こえているのは持ち主だけであり、護にはほとんど風を切る音しか耳に入っていなのだが。
「もしもし?……大丈夫、今向かってるわ。うん、私たちが一番乗りで良いのよね?」
何かの確認なのか、そんな事を電話の向こうの誰かに質問する。疾走する中で全く声を揺らさずに。
「わかってる。周囲の空間隔離、任せたわよ……それじゃ!」
最後に短くかつ鋭く、声を放つ。
「紅野くん、飛行機は好き?」
「……え?」
その言葉が耳に届いたかと思えば、護の体を急激な浮遊感が襲う。襲われてばかりなのだか、逃げる事が出来なかった。