「壊れた歯車」15
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――約十年前。桜が咲き誇る海門市の住宅地である惨殺事件が起きた。内容は、ある一家が何者かの手によって体を切断されて発見されたという世にも残忍なものだ。被害者は二名。紅野 優吾、咲良夫婦。二人には息子が居たが、学校に通っていたため被害はない。しかし、その現場を発見したのがその少年だったらしく、心に多大な傷を負った模様。
殺害現場と思しき一室には遺体の一部が散乱し、壁も床も血で真っ赤に染まっていた。だが不可解な点が幾つかあったのだ。遺体を解析した結果、刃物による切断面ではなく何かに噛まれたかのようにギザギザした断面、それと何故か一部は優吾氏の物しかなく、咲良氏の物は一つも残っていなかったという。
そして十年が経過した今でもこの奇妙な殺人事件は解決しておらず、街の至る所に犯人逮捕への情報を募る古ぼけたポスターが貼られている。
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「……あの事件はね、人が起こしたものじゃないの」
空を仰ぎ、大きくゆっくり息を吐きながら言う聖羅。
「それは……会長が言っていた化け物と関係があるということですか……?」
まだ具合が優れない護だが、自分から聞いたのだから後には退けないのだ。真実を、両親がどうなったかも知らなくてはならない、そんな気がする。今までずっと避けてきた話題ではあるが。
「ええ。前に言ったと思うけど、蝕という怪物ね。あの事件は、そいつに引き起こされたの……傷口を抉るようだけど、喰われたという言い方が正しいわ」
「喰われ……!?」
視界が揺らぐ。フラッシュバックするあの光景。あの残酷な一瞬が。しかし、聖羅は横目に護を見ながら続けた。
「蝕は世界と世界を繋ぐ門が開く時に発生するの。その原因は未だにわからないし、どこの門が開いたときにどの世界のどの位置に発生するかもわからない……」
「その、蝕がどうして……両親を……?」
「ごめんなさい……そこまでは、まだ調べがついてないのよ。蝕が特定された個人を狙うなんて事例がないし、だからどうして紅野君のご両親を狙ったかも……」
うなだれる聖羅。本当に無念そうに唇を噛むその姿は、全校生徒を引っ張る生徒会長ではなく、ただの少女のもの。月明かりに照らされてうっすらと輝く青い髪が、このような緊張した空間でもとても美しく護の目には映った。
「……私も大和も、その他の大勢の人間が君のご両親の事件の本当の真相を探る為に動いた。でも、こんな力があっても、そこには未だに辿り着けていないのよ……」
忌々しげにその手を見つめる。雷光が出せても一つの事件を解決に導くことが出来ない。非力な自分が嫌いだった。
「真実を知っているだなんていうのは……正直に言えば半分嘘。君を引き込むための……」
「そう、だったんですか……でも、半分は本当なんですよね?」
「もちろんよ……私たちが全力で調べた結果がこれなの……申し訳ないわ」
そう言って頭を下げた。嘘を吐いた事、まだ完全に真相を解明出来ていない事を謝罪するために。
「えっと、謝らないでください……誰が悪いとか悪くないじゃなくて……何て言えばいいか上手い言葉が見つからないけど……これは僕が知りたかったことですし、あと――」
言葉を選びながら続ける護。その顔はどこか清々しさすら感じさせる程にすっきりしていた。
「――ここから先は僕にも手伝わせてください。関係者には知る権利があると思うので」
前髪に隠れている瞳に宿るのは決意。先に進むと決めたのだから、更にこの道を歩み続けようと。
「嘘だって貫き通してしまえば真実になるんです」
そう、ぎこちなく笑顔を作りながら。