「壊れた歯車」14
一陣の優しい風、雲が僅かに切れ、星が垣間見えた頃、もう一人の来客が。
「あら、紅野くん……?」
「え?」
つい最近耳にした女性の声だった。高く、澄んでいて、良く通る声。何も無い殺風景な空き地のせいなのかその声は余計に響いているようだった。
「……どうしてここに会長が?」
「ここは……まあ、ただ好きなだけ。星とか見るのも好きだし。紅野くんは?」
「特にあてはなくて、彷徨っている内にたまたまここに到着したので涼んでいこうかなと……」
どこかぎこちなく、お互いに目線を逸らすように会話が為される。あの出来事からまだ数時間。そうなってしまうのも仕方ないのだろう。
「立ち話もなんだし、隣、いい?」
「あ、はい。どうぞ……」
すぐにでも壊れてしまいそうな、貧相なベンチに腰掛ける二人。金属のパイプ部分が軋んでいるのか木板が軋んでいるのかは分からないが、耳障りな音を出すベンチ。護は聖羅が座る直前に距離を取る。
「……」
「……」
しばらく両者無言のまま時間が過ぎていく。護は元々自分から話し掛けたりするのが苦手なので、頭の中では話したい事があってもそれがなかなか口まで伝わっていかない。
対する聖羅は、何も知らない護を確認もせずに引き込もうとしたことに罪悪感を感じていて口が重くて動かないのだ。動かさなければならないのは重々承知だが。
(進むって決めたんだから……僕が……)
ぐっと拳を固め、ちょっとだけ多めに息を吸う。そして、口を開いた。
「あの、会長……えっと……やっぱり、僕にはあんな衝撃的なことを忘れるだなんて出来ません……」
本当の事を紡いでいく護。その言葉に聖羅はで少し驚きつつも、護の目に焦点を合わせて聞き手の体勢に。
「魔法とか、異世界とか、本の中でしか聞かないような単語にはちょっと興味はありますし……それに、僕が襲われた蝕……?の事だって……!」
「それは本当に悪いことをしたわね……興味本位で入って来てしまっていい場所じゃないの。危険で、怖くて、暗い場所。退路なんかないわよ」
謝罪の言葉を口にする彼女の瞳はどこか悲しげで、護ではなくどこか遠くを映しているようにも見える。だからこそきつく、迂闊に入り込もうとしている護に厳しく言葉を投げるのだ。既に仲間だと思っていた者が違ったのだから、今ならまだ同じ場所に立たなくても良い、と。
「知ってしまったから興味で先へ、だなんて弱い理由じゃ――」
遠くを見ていたはずのフォーカスが、急に護へと引き戻された。強く鋭く、射抜くように。
「そんな、弱い理由だけじゃないんです……」
その力強さにたじろぎつつも、しっかりと自身の意見を発する。ここで退いてしまえば恐らく二度と知る事は適わないだろうから。
「会長は、言いましたよね?僕の両親の事を知りたくないか、と。つまり僕は既に少なからず無関係者では無いんじゃないですか?」
過去を掘り返す。昨日は両親の命日。そして数年前のその日を。学校から帰った護の目に飛び込んだ、今でも鮮烈に思い出せる、全てが真っ赤に染まった、あの――
「ぅっ……!」
込み上げる吐き気、吹き出る嫌な汗。呼吸は乱れ目眩も頭痛もする。出来れば語りたくはない過去。口に出すのも憚られる。だが、真相を知らずに生きていたくはない。それがどのような真相であれ。両親は嫌がるかもしれないが、普段大人しい息子の、珍しいわがままだと思って聞き入れて欲しい、そう思った。その気持ちを一心に、続ける。
「知らなきゃ、いけないんだと思います……きっと。だからこのタイミングで会長たちと出会ったんだと思うんです」
ここまで来たからにはもう引き下がれない。逃げられないし、逃げたくない。
「僕にあの日の真実を教えてください……!」
必死に。心の中に巣くっている深い闇を取り除くためにも、護は手を伸ばす。そんな態度に気圧されたらしい聖羅は、一言。
「わかった……」
観念したように呟くのだった。
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