「CODE:紅蓮」38
この顔には見覚えがある。とは言っても面識がある訳ではない。ただ、どこかで……そう、テレビか雑誌か、そのような媒体で見た事があるのだ。知っている、と言えば知っている。
「そう身構えないでくれ。君たちに何かしらの危害を加えようと思っている訳ではないよ」
組んだ指を波のように連続で動かしながら微笑む。
「どの口でそんな事を……」
聞こえないように、口の中で噛み殺すように小声で。隣に立つ護に目をやるが、聞かれていないようだ。ならばこの画面の向こう側も大丈夫なはず。
「まずは、二人とも。この度は謎めいた能力者への対処、感謝しよう。被害こそ大きいようではあるが、まあ……その辺りは元々買い取っていた土地だから如何様にも出来る。だから今回は給与からの天引きは行わないと宣言しておくよ。むしろボーナスを入れておこう」
「それはありがたいですね。そんな事よりも、本題に入って貰いたいんですが?」
「そう急かさないで少しだけ待ちなさい。もう一つだけあるのだよ。紅野 護君」
ピリピリとした雰囲気を醸し出す聖羅――実際に微量な能力の欠片を放出している訳だが――を軽くあしらい、護へと声を投げる。
「能力発揮おめでとう。これからも期待しているよ」
「は、はあ……どうもです……」
「では本題に入ろう。あの能力者をどうするか、それを聞きたいんだね?」
既にワルツは車両の中へと運び込まれてしまっていたようだ。そしてその車もエンジンを掛け、いつでも立ち去れる準備。あの中では一体何が行われているのだろうか。
「はい」
「しかし、それを聞いてどうするんだい?」
「どうするって……」
「まさか自分たちを襲った相手を。更には我が社を襲撃した相手の一人を助けよう、などとは言うまいね」
眼光鋭く、聖羅を射抜く。たじろぐ聖羅だったが、言われてみればそうなのだ。彼の処遇を聞いて、何をするのか。護を襲い、攫おうとした敵を。ならば考える必要もないのではないだろうか?
「それは……」
「ふむ。そのつもりは無かったようで安心したよ。なに、食べてしまおうなどとも考えていない。まずは聞かなければいけないからね。私に刃向かった首謀者が誰なのかを」
まるで別人のような、そのようなオーラを画面越しであるのに感じる。これがアナザースター社、『研究所』の所長の威厳。
威圧感こそあるが顔を強張らせる訳でもなく、表情を一切変えずに微妙に声色を変える。ほとんど言葉を交わしていない護ですらそれを理解してしまう。とんでもない人間だ、と。
「命までは奪わない。だから君も安心してくれたまえよ。納得してくれとまでは言わないがね」
「……」
「無言は肯定とみなそう。それではこの辺りで良いだろうか? 私にも仕事が残っているのでね。ああ、今日も帰れそうにないな……では、失礼するよ」
ブツリ、と妙に大きい遮断音を鳴らして通信が切れる。すると待ち侘びたかのように腕を擦りながら――所長との通信中は身じろぎもせずに直立していた故に多少の疲れがあるのだろう――男が口を開いた。
「お分かり頂けたでしょうか。我々も退却します。どうぞお気をつけてお帰り下さい」
装備を鳴らしながら去っていく男。しかし聖羅は何を言おうともせずにじっと睨むのみ。
「……まあ良いわ。これ以上は私たちの手には余るし」
汚れた制服を叩き、埃を払う。同様に髪も。どこか煮え切らない様子が見て取れるのだが、どのように声を掛ければ良いのか判別出来ない護は大人しく待つのみ。
「それじゃあ、言われた通り帰りましょうか。ここに居たって何も出来ないし」
破壊の限りをし尽くされた周囲を見渡し、溜め息を吐く。力があるのに無力である、と。
「あの、会長。聞いても良いですか?」
「何かしら? 私が答えられる範囲なら……あ、能力講義は明日以降でお願いね」
「あ、いえそういうのじゃないんですけど」
珍しく護からの質問だ。相当重要な事なのかもしれない、と耳を澄ます。
「僕たち……この格好で帰るんですか……?」
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