「CODE:紅蓮」37
ただの一振りで良い。それで終わらせる事が出来る。もしかしたら、始まるのかもしれないが。それでも今は。一人の能力者として敵を倒すのだ。
炎の拳が重力に引かれて落とされる直前だった。護の耳に届いたのは声。うな垂れたワルツではなく、後ろから。
「紅野くんっ、避けてー!!」
聖羅の声に振り返り、直感的に動作を変更。振り下ろそうとした腕を回転させて自分の体を庇うように展開――している間の出来事だった。黒い何かが護の体を掠め、それから遅れて聞こえてきた。複数の破裂音。聞き覚えが無い訳でもない、そんな――
「銃声……!?」
そうだ、銃の音。弾丸が放たれるあの音だ。そして今、自分の横を通り過ぎて行ったのは――何発かは炎の中に吸い込まれていったようだ――銃弾。
「ぐうぅっ……!」
次は呻き声だ。炎腕は展開したまま首だけを動かすと、視界の端には白い布。それがじわりじわりと朱に染まるところ。驚きに、つい能力を解除、攻撃しようとしていた相手に駆け寄ってしまう。
「ワルツさん! そんな、誰が……?」
止め処なく流れ出る血液。次第に呼吸が荒くなり、地に伏せてしまうワルツ。碌に声を出す事も出来ないようだ。それでも、無理矢理搾り出す。このような身勝手な行動を、謝罪せねば。
「くっそ……とんだ隠し玉だよ……わっ、りぃ、リーダー……」
一体誰がこのような所業をしたというのか。辺りを見渡し、クリアになりつつある視界で攻撃の主を捜す。すると、見付けた。
屋上、影が一、二……五体。能力で強化されているのだろうが、護にはその人物たちが良く見えた。壊れた手摺りの隙間から伸びる銀黒の銃、それを握る漆黒の手袋。見据えるのは黒いヘルメットに隠された瞳だ。少なくとも、蝕ではない。人間だ。
「紅野くん!」
「会長……あれって……」
その姿にはどうも見覚えがある。警戒しながらも走り寄ってくる聖羅に問う。
「その疑問には我々からお答えしよう」
「!?」
しかし、掛けられた声は野太く、腹に響くようなもの。声の発生源へと顔を向ける。そこに立つのは屋上で銃を構えている人物と同じように全身を黒で統一した防護スーツの男。体格も非常に良く、手にした銃が異様に様になっている。
更にその背後。ぞろぞろと現われたのは彼らとは正反対の白いつなぎのような化学防護服を着込んだ十名程の何者か。リュックのような物を背負い、そこからケーブルを伸ばしたり、担架を用意したりと大忙しだ。
ここまでされて、説明されなくとも理解する。
「『研究所』の……」
「そう。対能力者迎撃部隊。人員六名。コード“招雷”、“紅蓮”、両名ともご苦労だった。あとは我々が引き継ぐので、どうぞお帰りに」
「は……?」
当然の事ながら、納得は出来ない。声に出しているのは聖羅である。
「いきなり出て来て、手柄だけ掻っ攫って、用無しだから帰れって言うの?」
「あ、あのー、会長?」
「誰の命令で動いてるのよ。それに私はそんな部隊の名前なんて聞いた事も無いのだけど」
まだ余力が残っていたのか紫電が撒き散らされるではないか。その雰囲気を察して護はたじろぐばかり。目の前の男は立ちはだかって困ったように肩を竦めている。
「誰も何も……困りましたね……」
「それから、彼、どうするつもりなの?」
そやり取りの間にも運ばれていく血だらけのワルツ。彼のような人間なら抵抗しそうなものだが、バンドを巻き着けられて身じろぎもせずにキャンピングカーに似た車両へと運搬されていく。どうにかしようにも仲間らしき『研究所』の人間には手を出せない。
「そこは私どもの知る範疇では……失礼」
「ちょっと話の途中!」
「会長落ち着いてください……」
今にも噛み付いてしまいそうな勢いで男性に詰め寄る聖羅を必死に宥める護。普段であれば大和の仕事なのだろう。
男は背を見せ、掌をヘルメットの耳元に。聞き取れないが誰かと通信しているようだった。それが終了すると、チョッキのポケットから端末を取り出して聖羅へ。
「なに?」
「今後について説明する、と」
「誰がよ」
手袋に覆われた太い指で端末を叩くと、見た目壮齢の男が映し出された。研究員のような白衣を纏い、何やら偉そうに椅子に凭れ掛かっている。その口元は右側だけが吊り上がっていて、今にも笑い出しそうな表情。
「所長自ら、だそうです」
その言葉に聖羅も目を丸くして端末を凝視。護は訳も分からずそれに倣う。
「こうして顔を見せるのは何年振りだったかな。篠宮 聖羅君。そして、初めまして。紅野 護君」
この雰囲気は、どこかで味わった事がある。
「私は光明院 研。このアナザースター社の所長をやっている人間だ」