「CODE:紅蓮」36
与えられたのはこの能力を顕す名称。先日発動された際に観測された圧倒的なまでの破壊力と殲滅力、炎系統という属性。それらを考慮した名称が幾つか挙げられた。
その中でもしっくり来たのが“紅蓮”。猛り狂う炎の様子、それから発動の際に花の蕾のような形を見せた事からこの名を取った。自分では到底思い付かないだろう。お任せではあったが、これはこれで気に入っている。
そこに在るだけで辺りに撒き散らされる熱波。飛来した石屑なども灰と化す。『研究所』の有する炎系能力者の中でも最大出力とまで謳われる護の“紅蓮”。まるでこの空間内部が熱せられたかのようだ。ジリジリと服の上からでも肌を焼くし、体中の水分を掻っ攫ってしまう。
「くっそ……おせぇんだよ……」
既に満身創痍。ワルツは先程の能力放出によって体力、精神力共に限界が見えていた。震える膝を庇うようにしながら立ち上がり、仮面の隙間から覗く。紅蓮の炎腕を携えて来る護を。しかし、ここまでやって負けるのも癪だ。最大限、抵抗する。最悪、逃げる。ここまでやったのに。
腕を凪ぐ。今出せる分の精一杯の力で。球体にも似た塊を数個、生み出しては飛ばす。
「こ、の……!」
狙いが定まらない。無理をしているのは分かっている。だが、ここでの逃走は自分の矜持が許さない。そんな自分にも腹が立つ。頭の中は滅茶苦茶だった。
自分の体を狙った風の弾が襲い来る。どうやら当たる気配は無く、ほとんどが顔を掠めたり足元で破裂したり。踏み出す毎にワルツとの距離は縮む。いつもであれば物が飛んで来れば目を瞑るし、体を捩ったりするのだが、今はただ前だけを見つめて歩く事が出来る。
白く濁った弾丸が目の前に。速度はあるはずだ。避ける――必要は無い。この手には滾る炎が宿っているのだから。歩みを止める事はしない。ただ払う。羽虫を邪険にするかの如く。
炎腕に衝突した風の弾丸はほんの少しだけ爆発音を鳴らして消失。しかも、どういう訳かその腕が先程よりも一回り大きくなっている。
(吸収――変換――それから、放出。調整)
脳内は異常なまでにクリアだった。視界は相変わらず真っ赤で見辛いが、少ない情報からどういう行動を取れるか、その行動による結果、更には能力の出力制御まで。同時に複数の考えを並行する事が出来た。
(形成維持……後ろには飛ばさないように……)
まるで全身の神経が研ぎ澄まされていくかのよう。爆ぜる炎。しかし後方で呆然としている聖羅には一切の被害を与えないように。流れ弾は力として吸収し、自身のエネルギーへ。理屈は分からないが、こうしろ、と体が叫んでいるのだ。
「確かに、こいつは炎系最強だなんて言われても仕方ねえ……」
眼前まで到達した。この腕をほんの少し振るうだけでワルツを巻き込んで弾き飛ばし、灼く事も可能だ。だがそうするのは得策ではない。しかし、ここで逃がしてしまうのはどうなのか。
「僕としては。僕としては、どうにかしたい、とは思ってないんですけど……そうすると、“示し”が付かない……でしょうか」
はっきりと伝えた。聞いた事のある言葉で。恐らくこうしなくてはならなかった。聞いて、相手の反応を見て、それから動く。十分に時間はあるはずだ。
「ははっ……言うじゃねえか……その通りだ。売った喧嘩を捨てて逃げるだなんて、出来る訳がねえんだよ……」
「何と言うか……そう来るような気がしてたんです……」
「さあ、終わらせろ! 一思いに! そうしたら、捕まってでも、なんでもしてやるさ!」
「じゃあ、すみませんけど――」
振り上げた拳は煌々と燃え盛る。敵を倒す炎の拳。振り下ろす――