「CODE:紅蓮」35
一つだけ、思い出した。この力を引き出す方法を。単純明快な約束を。すっかり頭の奥底に潜んでしまっていたそれをこの窮地にて引き出せた。まるで迫り来る暴風が止まってしまったかのようだ。それ程までに余裕がある。
息を吸う。埃っぽく土の味のする空気。それらを全て吐き出すように大きく吐き出す。
すっかり護の腕の中に収まってしまった聖羅はうっすらと目を開け、近くなった顔を覗く。そこにあったのは先程までボロ雑巾のように――言い方は非常に悪いが――なっていた護とは何かが違う面影。
引き締まった口元、自分ですら感じている風の恐怖をものともしない真紅の双眸。そして何より、妙な安心感。
「――この力は」
手を伸ばす。触れれば引き千切られてしまいそうな暴風に。紡ぐ言葉は過去の記憶。枷を外す為の鍵。鼓動が早まる。全身を駆け巡る熱。力が宿ったこの身体。
「守るための力――」
普段の自分であれば吹き飛ばされているだろうが、今の自分なら絶対にそのような事にはならない。自信に満ち溢れていた。身体の中央に感じる力の根源。湧き上がるエネルギー。イメージするのは盾――否、それだけではどうにもならない。もっと単純で、防御が出来て、攻撃も出来る――そう、拳のような。
出現した光量は凄まじかった。目を晦ませるだけは飽き足らず、肌すら焼いてしまうようである。
衝撃が、あった。突風が辺りに暴力を振り撒くが、それは護を避けるようにして掻き消えていく。被害が及んだのは前方、攻撃を放ったワルツであった。
「んだよ、それは……」
自身の全力を難なく防ぎきったのは、巨大な炎の玉、ではなく手だ。真っ赤で強く握られた拳はまるで太陽の如く燦々と、轟々と燃えていた。あまりの熱量に周囲も歪んで見えている。“それ”が高く持ち上げられると、護が姿を現した。泥塗れで、傷だらけで、だと言うのに先程よりも生気がある。
「僕の、力です」
頭上に掲げた炎の拳。恐らくではあるが、形も変えられるのではないかと感じていた。拳でなくとも別の何かにだって。それこそ炎の奔流にする事さえ可能なはず。しかし護はそうはしない。自分でも制御出来そうに無いからである。まるで堰を切ったかのようにこの力の使い方が思い浮かんでくるのだ。最初からそう在るべきだったのだろう。
故に、はっきりと自分の力を宣言する。抱き寄せていた聖羅を離し、一歩前に踏み出した。全身の痛みなどどこへやら。健常どころか力が有り余っているようだ。
「……アナザースター社所属、コードネーム――紅蓮!!」
与えられた称号のような、識別番号のような。名乗る必要は無かったのかもしれないが、改めて『研究所』側の人間であるという事をここに立てた。