「CODE:紅蓮」34
まるでフィルターが掛かったかのように真っ赤に染まっている視界。前方には渦を巻く風の塊。空気は見えない癖に、これは見えてしまう。地面を抉り、埃を巻き上げ、空を裂く。それが今、迫っていた。考えるまでもなく、自分に向けて。
気付いた聖羅が駆け寄ろうとしている。間に合うのだろうか。間に合ったとしても、どうするのか。彼女が受けるのか、それとも防ぐ術があるのか。
足は動かない。ここまで来るだけで体力のほとんどを使い果たしてしまったのだ。
「来なければ、良かったなぁ……」
屋上で大人しく待っていた方が賢い選択だったのかもしれない。今となってはそう思えてしまう。まったく、相変わらず自分だけでは何も出来ない。
まるで獣の唸り声のような低い轟音で護に襲い掛かろうとする自分の能力に、ワルツは勝利すら確信した。あの状態では何も出来やしない、例え間に入られたとしてもだ。これだけの威力ならば。しかし、放ったは良いがその代償は大きい。全身を駆け巡る激痛と、異常なまでの倦怠感。そもそもこれで決められなければ勝利すら逃しかねない。
過ぎ去った暴風。狙いは護であった。読みを間違えた事はこの際置いておこう。しかしどうにかしなくては。もし彼に何かあったら。不可抗力のように引き摺り込んでしまった事を悔いても悔い切れない。そんな事はしたくない。
故に、直感的に。
「ッ――――!」
足裏に紫電を溜め、炸裂させる。無理矢理加速して弾丸の如く護を救出する為に行動。追い越す事は出来るだろう。風よりも速く。何よりも速く。まさしく雷光の如く。プランは無いが、どうにかする。
「お願い……っ……届いて!!」
手を伸ばした。突き飛ばすつもりで。長い髪に風を感じる。もう既に触れるか触れないかの辺りにあるのだろう。せめて彼だけでも、と。
「会長……どうして、そこまでして……」
無力な自分など無視しても構わないというのに。何故ここまで必死になってくれるのだろう。先程の信頼しているという宣言だけで。助けようとしてくれているのか。解らない。理解が出来ない。ああ、しかかし。しかしだ。
脳裏に過ぎるは記憶の一片。伸ばされた温かい手。それが両頬を包む。柔らかい瞳と、声色で言っていた。そうだ、あれは、何があっても、忘れてはいけない――
「そう、だった……僕は、知っていたんだ……」
聖羅の手が自分の胸元に触れようとしていた。その自分の胸。高鳴る鼓動。襲撃されていた時の緊張感とは違う。むしろ落ち着きすらある。本来そう在るべきで、“それ”を取り戻そうとする音。それはまるで錆付いた鎖を一つずつ破壊していくような、鍵を開けるような。
目を閉じる。諦め以外で。
感じる。滾る力を。
「逃げてっ紅野くん……!」
逃げる必要など。
「大丈夫です。僕が――」
立ち向かうのだ。この身体に宿った力で。
「僕が、守ります!!」